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「後始末」 ここから先はただの蛇足。 本当の意味で一ヶ月の間にあった話はもうおしまい。 何よりもう二学期は始まっていて、あの夏の一ヶ月は過ぎ去っている。 だからここから先は、本当にただの蛇足。 アタシはこの白いストラーフを親友である結城セツナに託そうと決めた。 誰よりも信頼していたし、海神を失った悲しみも焔と心を通わせた喜びも知っている彼女になら、この娘を幸せにしてくれるだろうと確信していたから。 それに、彼女の名前は刹奈を思い出させてくれる。 正直に言ってしまえば、未だ悲しみはアタシの中でしっかりと存在していて、時々その重さに潰れてしまいそうな時もあるけど、でもそれと共に思い出される楽しかった事が、アタシをまた奮い立たせもした。 あの町にいた時は、刹奈の名前からセツナを連想したものだったけど、今じゃその逆だなんて、少しだけ面白い。 「なんか踏み込めないって言うか。……壁を感じることがあるんだ。はぐらかすような、そんな感じにも見えたし。やっぱり年上って不利なのかなぁ……」 目の前でセツナはティーカップを弄びながら、気になっている年下の彼の事を話している。 まぁ、アタシが話を振ったんだけど。何事にも前振りって必要だしね。 ……確かその件の彼も、『せつな』って言ったっけ? 「具体的には、どんな?」 アタシはセツナの言葉を促すために言う。 丸々会うことの無かったこの夏の間、お互いに何があったのか話せる雰囲気が欲しかった。半ばそのために聞き始めたようなものだったんだけど。 でも「フラれた」なんて言われてしまえばそんな考えもどこかに飛んで行ってしまう。 「……なんて言うか、二人きりになることをまず避けようとする、かなぁ。友達か、神姫が必ず一緒にいる状況を作っているかな」 よっぽど思い悩んでいたのか、セツナは次々とその具体例を挙げていく。そして最後に、 「結構態度にも出していたし、遠まわしかもしれないけど口にも出して言ったんだけど。それとも男の人って、そこまで鈍感でいられるものなの?」 「うーん……そこまで行くと、どうなのかなぁ?」 少しだけ考えてみる。 少なくても、アタシならそこまで好意を寄せられたら少しくらいは「そうかも」とか考える。 夢絃みたいに、結局何も言わずに……逝ってしまっても、彼から受けた好意はしっかりと伝わっていた。 ただ、確信と自信が無かっただけで。 でも、それはあくまで女であるアタシの事であって、男である件の「せつな」君の事ではない。 思い出した心の痛みに耐えながら、アタシはセツナに言う。 「……実際の所、その彼がどう思ってるのか知らないけど、でもそれって、全部憶測なんでしょ?」 彼の行動からセツナが読み取った、彼の思惑というのは。 「まあ、ね。あくまでそういう風に感じた、ってだけ。それ以上は別に避けられているわけでもないし」 「狙ってやってるとしたら許せない所もあるけど、でもそれも思うところもあるのかもしれないし。どっちにしろ相手のこれからの出方次第だよねぇ」 あたしがそう言うと、セツナは頷く。 「ま、あんまり考えていても、なんともならないわね。この話はこれでおしまい」 確かにこれ以上考えても埒が明かないし、アタシの用件を切り出すのにもタイミングが良かった。 「で、今日は本当は何の用なの? まさかその話題だけで家まで訪ねて来たわけじゃないのでしょう?」 アタシが話を切り出す前に、セツナが話を促してくれる。 このあたりの察しの良さは、さすがと言うしかない。 「私も武装神姫やってみたいと思ってさ、ちょうど良いからってこれを注文したんだ。……だけど、これが届いた頃には、興味が無くなっちゃったんだよネ。まぁ、色々理由はあるんだけど、それは追求しない方向で」 別に隠すこと無いんだけど、この嘘で納得してくれるのであればそれに越した事はない。 そんなつもりでアタシは言った。 まぁ察しの良いセツナの事だから、嘘がすぐにばれてしまうかも、とは思っていたけれど。 そして案の定、すぐにばれたんだけど。 やっぱり嘘ついて引き取って貰うのは、フェアじゃない。 でもやっぱり、全部話す事は出来なかった。 「正直に秘密があるって言ってるんだもん。それをちゃんと言ってくれたんだから、それで十分」 そんな卑怯なアタシにセツナのかけてくれた言葉はとても優しかった。 そんなセツナが、「ねえ、朔良。この娘が起きるの、一緒に見届けない?」と言い出す。「なんとなくだけど、この娘が起きるときに朔良が居ないといけない気がするの」と。 なんだか本当に、セツナのこの察しの良さには救われると感じずに入られない。 アタシは少し緊張して、頷いた。 初めて見る神姫の初起動はなんか感動的で、その新たな意識の目覚めはアタシの心の傷に優しく触れてくる気がした。 不意に涙が零れる。 「……朔良、今ならまだ間に合うわよ?」 アタシの流した涙の事には触れず、それでもそっと確認をとる。 親友の、その思いを受け取りながらも、アタシは首を左右に振った。 この娘の為に、アタシの為に、アタシがオーナーじゃない方がいいという意見は、あの町で話したときと変わらずにアタシの中にある。 そのアタシに小さく頷いたセツナは、オーナー名の登録後、またアタシに視線を向ける。 その視線は「名付け親にもならなくてイイの?」と聞いてくる。 アタシはやっぱり首を振った。セツナに託したんだ。だから、全てがセツナによって行われなければならない。 アタシはそう考えていた。だから、アタシはこの娘の名前も付けられない。 この娘には、アタシの痛みを負わせたくないから。 そんなアタシを知ってか知らずか、セツナは悪戯めいた笑みを一瞬だけ浮かべる。 そして 「個体名、朔。 ……貴方の名前は朔。ここに居る朔良から一文字戴いたの。大切な名前よ」 さすがに驚いた。いくらなんでも、なんて皮肉な……。いや、違う。そのねじれたおかしな偶然こそ、きっと必然。 アタシ朔良が出会った神姫、刹奈。 親友セツナに託した神姫、朔。 そんな符号に、心のそこから嬉しくなる。 こんな気持ち久しぶりで。 だからちょっとだけいたずら仕返してやった。 あの夏の日は過ぎ去り、それはもう閉じられた扉の向こう側にある過去でしかないのだろうけれど。 アタシは忘れない。 あの人を忘れはしない。 あの出会いがあったから、アタシはここに居るのだから。 なつのとびら おわり / まえのはなし
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ウサギのナミダ ACT 1-22 ◆ ギャラリーにはどう見えているだろうか。 おそらくは、力と技がぶつかり合う、真っ向勝負に見えているだろう。 確かに、雪華は正々堂々、真っ向勝負を挑んできた。 逃げない。揺らがない。 ミスティ得意のレンジに踏み込んでまで勝負を挑んでくる。 その姿勢を貫き、勝利を目指す。 それこそが『クイーン』の二つ名の由来であり、神姫プレイヤーから人気を集める理由だった。 だが、バトルの当事者は思い知る。 真っ向勝負? とんでもない。 劣勢とか、そう言うレベルじゃない。 『そこでリバーサル! 二連撃!!』 菜々子の指示が飛ぶ。 もう何度目かの得意技。 この間合い、このタイミング、この速度、そして身体をロールさせながら繰り出す二連撃。 熟達したアーンヴァルでも、このリバーサル・スクラッチはかわせない。 だが。 雪華は、これを紙一重でかわす。手にした剣で反撃すらしてみせる。 「くっ……!」 正々堂々? 真っ向勝負? 違う。 これは「練習」だ。 こっちの本気を練習台にしてしまう、圧倒的実力差。 ミスティは敵を見上げる。 空中に浮かび、羽を広げた雪華は、まるで降臨した大天使のようだ。 その美しい姿に、ミスティは戦慄した。 「本身は抜かないのかよ!?」 「あれは、そう簡単に抜けるもんじゃないのよ!」 虎実の叫びに、菜々子は応える。 虎実は、ミスティの攻撃が雪華に全く効いていないことを見抜いているようだ。 『本身を抜く』には、試合前からしっかり心構えをする必要がある。 バトル中に切り替えるような便利な使い方はできない。 それに、たとえ本身を抜いたところで、食い下がれるかどうか。 (……まさか、これほどとは) 菜々子は戦慄する。 正々堂々のバトルロンドで、こうもあしらわれるのは初めての経験だった。 どうすればこれほどの実力が身につくというのか。 だが、諦めるわけにはいかない。 せめて一矢報いなくてはならない。 『エトランゼ』の名に賭けて。 そして、遠野とティアにつながなくてはならない。 菜々子は絶望と戦いながらも、ミスティに矢継ぎ早に指示を出していく。 ■ 帰りの電車の中、わたしはずっと考えていた。 マスターのこと。 マスターがわたしを守るために、すべてを賭けてもいいと、言ってくれたのだという。 エルゴの店長さんがそう言っていた。 わたしには、マスターの想いが分からない。 わたしの過去が暴かれたせいで、あれほど酷い目に遭わされたというのに。 それでもなお、わたしを自分の神姫にするために、全力を尽くしてくれている。 マスターのその想いが伝わって、店長さんを動かし、刑事さんを動かし、風俗のお店がなくなって、多くの風俗の神姫が救われた。 それほどの大きな想いをわたしに向けてくれている。 なぜですか? なぜ、それほどまでに、わたしにこだわるんですか? わたしはそんな価値のある神姫ですか? わからない。 わかりません。 わたしにできることなんて、マスターのそばにいて、マスターの指示通りに走るこくらいなのに。 シャツの胸ポケットから、マスターを見上げる。 マスターは物思いに沈んでいるようだった。 この間までのつらそうな表情でないのは救いだったけれど。 わたしはマスターの心に寄り添えないままだった。 刑事さんはわたしに、素晴らしいマスターの神姫であることを忘れてはいけない、と言った。 それはもちろんなのだけれど。 そのマスターのために、わたしは何がしてあげられるんだろう……? □ 時間がないので、昼食は電車の中でパンをかじった。 一度アパートにとって返し、ティアの武装一式を手にして駅前に戻る。 ゲームセンターに着いた時には、久住さんの電話から、もう二時間以上が過ぎていた。 久々のゲームセンターの入り口。 俺は少し感傷的になる。 一歩を踏み出すのが少し怖い。 俺は店の出入りを拒否されているわけで、躊躇するのも分かって欲しいところだ。 久住さんはいるだろうか。 自動ドア越しだと、奥の様子は分からない。 彼女がいてくれないと、俺は針の筵なんだが。 それでも俺が足を進められたのは、今朝方の出来事があったからだろう。 すくなくとも、もう店に黒服の男たちが現れることはない。 自動ドアが開く。 まず俺の耳に聞こえてきたのは、神姫の怒声だった。 「なぜだっ!! なぜあんな淫乱神姫にばっかりこだわるんだ!?」 叫んでいるのはハウリン。 その声を受け流しているのは、銀髪のアーンヴァルのようだ。 「迷惑なエロ神姫なんかより、あたしの方がよっぽど強いのに!!」 「随分とご挨拶だな、ヘルハウンド」 俺が静かに言うと、武装神姫コーナーにいた全員が俺を見た。 「黒兎のマスター……」 ヘルハウンドは怒りの眼差しを俺に向けてきた。 憎悪すら込められていそうだった。 「……遠野くん!」 ギャラリーから抜け出して、久住さんが駆け寄ってきてくれた。 いつものようにジーパン姿のラフな格好。俺は安心したような、残念なような、複雑な気分になった。 「連絡ありがとう。……遅くなってごめん」 「ううん。来てくれてよかった」 いつもよりも微笑みが弱々しく見えるのは気のせいだろうか。 そのとき、ギャラリーの一角から、声があがった。 「おいっ! 黒兎のマスター!! ど、どの面下げてここにきたっ!!」 三強の一人、『ブラッディ・ワイバーン』のマスターがこちらを指さして喚いている。 俺にはそれほどショックはなかった。 こうした中傷は予想の範囲内だったので、心構えもできている。 と、いきなり久住さんがワイバーンのマスターを睨みつけた。 「わたしが呼んだのよ。文句ある?」 耳が凍傷になってしまいそうなほどに冷たい声。 ワイバーンのマスターはそれだけで、急に黙り込んでしまった。 ギャラリーも、何か言いたげな表情だが、黙ったままだ。 ……いったい、どうなっているんだろうか。 俺が驚きを隠せずにいると、久住さんの後ろから、さきほどの銀髪のアーンヴァルを肩に乗せた青年が近づいてきた。 「あなたが、ハイスピードバニー・ティアのマスターですね?」 人が良さそうに微笑む青年と、真剣な面もちの銀髪の神姫。 その後ろに、カメラ用のベストを着用した、年上の女性がいる。 「……遠野くん、彼らがティアを助けてくれたの」 「高村優斗です。こちらは僕の神姫で、雪華」 青年とその神姫は、礼儀正しく会釈した。 それから、後ろの人物を示し、 「それから、この人は、僕らの取材をしている、『バトルロンド・ダイジェスト』の三枝めぐみさん」 「よろしく~」 三枝さん、というその女性は、ひらひらと手を振った。 俺も挨拶する。 「遠野貴樹です。それと、俺の神姫のティア」 「は、はじめまして……」 「ティアを助けてもらって……助かりました。感謝してます」 もう一度俺はお辞儀をした。 顔を上げると、高村と名乗った青年は、ゆるやかに首を振っていた。 「いえ、大したことではありません。 僕たちも、対戦希望の相手を助けられてよかった」 やはり、そうか。 俺はその一言で確信する。 この青年と神姫は、海藤の家で見た映像の、彼らだ。 「まさか、あの『アーンヴァル・クイーン』がティアを助けてくれたとは、正直驚きです」 「僕たちも驚いていますよ。……ああ、僕たちのこと、もう知ってるんですね」 「……秋葉原のチャンプが俺たちと対戦を希望するなんて……冗談じゃなかったんですか」 「まさか。冗談であんなこと言ったりしません」 高村はそう言って微笑んだ。 やたらと人が良さそうな青年だと思う。 その高村の肩に座る、美貌の神姫が口を開いた。 「あなた方との対戦に、ここまで足を運ぶ価値がある、と考えてのことです。 バトルが所望です。いかがですか、『ハイスピードバニー』のマスター?」 長い銀髪を背に流した神姫の言葉は、威厳すら備わっているように感じられる。 なるほど、『クイーン』二つ名は伊達ではない、か。 俺は雪華の問いに、静かに答えた。答えは決まっていた。 「残念だが、お断りする」 ギャラリーがどよめいた。 全国大会レベル、しかも優勝候補とのバトルだ。対戦してみたいと思う方が普通だろう。 しかも、三強の対戦希望を断ってまで、俺たちとのバトルに集中しようとしているのだから、神姫プレイヤーなら受けて立つのが筋と言うものだ。 久住さんが俺の肩にそっと手をおいた。 「遠野くん、彼らはティアを助けてくれたのよ?」 「わかってる。でも、それとこれとは話が別だ」 その手を、俺は邪険にならないようにそっと、はずした。 そして、俺は雪華に向き直って言い切った。 「ティアを助けてくれたことには感謝してる……本当に、感謝してもしきれない。 でも、君たちとバトルはできない」 「なぜです? 理由を教えていただけますか?」 「……君たちがマスコミの取材を受けているからだ」 高村の背後にいた女性は、きょろきょろと辺りを見回すと。 「あ、あたし……!?」 三枝さんは、自分を指さして、びっくりしていた。 俺は高村に話を続ける。 「対戦を申し入れてくるんだから、今俺たちがおかれた状況は知っているんだろう?」 「あぁ、うん。先週来たときに、どうも様子がおかしかったので、調べさせてもらいました」 「だったら分かると思うけど……いま、こんな風に俺たちがゲームセンターで歓迎されていないのも、雑誌記事のせいでね。 今俺は、完璧なマスコミ不信なんだ」 「……それで、僕たちの挑戦を受けないのと、どういう関係が?」 「『バトロンダイジェスト』の、君たちの記事は俺も読んでる。テレビ放送であんなことを言ったんだ。当然、俺たちとのバトルも記事にするつもりなんだろう?」 雑誌記者の三枝さんは俺の言葉に頷いた。 「だったら、対戦なんて受けられない。結果がどうなるにせよ、何を書かれるか分かったものじゃない。今の状況に拍車をかけられたら、たまらないからな」 「……ちょっと! さっきから黙って聞いていれば随分な言い方ね! うちとあんな低俗雑誌を一緒にしないでもらいたいわ!」 三枝さんがたまりかねたように口を挟んだ。 彼女がカチンときているのももっともだ。 なぜなら、俺自身、わざとひどい言い方をしているのだから。 「俺からしてみれば、大して変わらない。 三枝さん、と言いましたか。 あなただって、バトロンダイジェストの記事を書くにあたっては、俺たちに無様に負けて欲しいでしょう? 『クイーン』の連載記事なら、俺だって雪華の華々しい活躍が書きたい。 俺たちみたいな醜聞のただ中にいる神姫プレイヤーを叩きのめす記事なら、うってつけですから」 「なんてこと言うの……うちに記事が載れば、あなたたちだって、評価があがって、誤解が解けるかも知れないじゃない!」 「随分と上から目線ですね。 俺は取材をしてもらいたいだなんて、一言も言ってない。 むしろ迷惑だ。 だったら、あなた方はむしろ、取材させてくださいとお願いする立場なんじゃないんですか?」 三枝さんは言葉に詰まった。 少し心が痛む。 マスコミへの不信感は本当だ。だが、三枝さん個人に恨みがあるわけじゃない。 三枝さんをダシにして、このバトルを断ろうとしている。だから、彼女に悪いところがあるわけではないのだ。 久住さんの手が、また俺の肩におかれた。 「遠野くん……言い過ぎよ」 「……わかってる」 俺は一瞬だけ、彼女の手に触れた。 久住さんはため息をついただけで、何も言わなかった。分かってくれたのだろうか。 俺と三枝さんが睨み合う。 一瞬の沈黙。 それを破ったのは、雪華の声だった。 「それならば、ティアとの対戦は取材をしないようにしてもらいます」 「って、ちょっとぉ!?」 あわてたのは三枝さんだ。 「あなたたちとは、全国大会までの動向のすべてを取材する契約でしょう!? たとえ草バトルとはいえ、取材しないわけにいかないわよ!」 「ならば、契約を解除します。そうすれば、ティアと戦える」 三枝さんが絶句した。 マスターの高村が口を挟む。 「雪華……『バトルロンド・ダイジェスト』からは、いっさいの取材を断らない代わりに、スポンサードを受けている。そういうわけにはいかないよ」 「スポンサー契約など無くても、わたしたちは全国大会を戦えます。また、契約があるからといって、勝ち抜けるとは限りません。 セカンドリーグの全国大会選手でも、そんな契約をしているのはほんの一握りでしょう。大多数の選手と同様の条件でも、わたしたちは十分に戦えるはずです」 ……何か話が大事になってきた。 雪華の言うスポンサー契約は、神姫プレイヤーが特定の企業や団体と契約を結んで、バトルロンドの活動資金や武装などを出してもらうことだ。 そのかわりに、その神姫はメーカーが提供する武装やパーツを使用したり、ボディなどにメーカーロゴをペイントしたりして、広告塔としての役割を果たす。 通称「リアルリーグ」と呼ばれるファーストリーグは、そうしたスポンサー契約も盛んに行われている。 セカンドリーグではあまりそういう話はない。セカンドリーグ上位の有名神姫プレイヤーくらいだろうか。 雪華は『バトルロンド・ダイジェスト』と契約を結んでいるらしい。 バトルロンド専門誌からスポンサー契約を受けているとは、どれだけ実力があるということなのだろうか。 それにしても、俺たちとの対戦がそこまで重要か? スポンサー契約がなくなれば、資金面で厳しくなる。 そうした契約自体が少ないセカンドリーグとはいえ、全国を勝ち抜くにあたって、資金がないよりはあった方が有利であるはずだ。 それを雪華は、俺たちとの対戦で捨ててもいいと思っている。 いったい、何を考えているのだろう。 「だったら、そんな腰抜けほっといて、俺たちの挑戦を受ければいいじゃねーか。俺たちは取材、大歓迎だぜ?」 その声に、ギャラリーも沸く。 口を挟んだのは、『玉虫色のエスパディア』のマスターだった。 どうも、三強はクイーンに対戦を申し入れて、ことごとく断られたようだ。 にやにやとした笑みを張り付けた顔に、雪華は冷たい一瞥を放った。 「……あなた方との対戦は、意味がありません」 「な……なんだと……!?」 「わざわざここまで足を運んできた意味がないのです。 わたしたちがハイスピードバニーやエトランゼと対戦を望むのは、彼女たちが唯一無二の戦い方をしているからです。 わたしが東東京地区大会のインタビューで挙げた武装神姫は、いずれもそういう戦いを展開し、大会にはエントリーしない神姫ばかりです。 わたしはそのような神姫との戦いを望んでいます。 ただ強いだけの神姫なら、ここまで来る必要がないのです」 高村は、雪華の言葉に、肩をすくめて頷いていた。 なるほど。確かに、ティアの戦い方は唯一無二だろう。雪華はそこに価値を感じているということか。 三強は確かに強いが、大会にでてくる神姫に比べると見劣りがする。戦い方も、標準の域を出ない、というところか。 見れば、玉虫色のマスターは、口をぱくぱくさせながら、怒りの矛先を向ける方向を失っているようだった。 神姫にあそこまで言われたなら、もっと噛みついてきてもいいはずなのだが……何か思うところがあるのだろうか。 そんなことを考えていると、左胸のあたりから声がした。 「マスター……」 「どうした、ティア」 「雪華さんとの対戦、受けてください……お願いします」 突然何を言い出すんだ。 俺は驚いて、ティアを見下ろす。 雪華の様子を見ていたティアは、不意に俺の方へ視線を向ける。 その顔には必死さが滲んでいた。 次へ> トップページに戻る
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第09話 「友人」 草リーグでの初陣を勝利で飾ってから約半年。 俺とルーシーは3rd・2ndと公式順位を上げて行き、いつの間にやら最高ランクの1stリーグに籍を置いていた。 フィールドの状況と相手の能力を早い段階で把握するルーシーの戦術が功を成したおかげで、とんとん拍子の三拍子…というほど簡単ではなかったにせよ、デビュー半年で1stというのはかなり早いそうだ。 まぁ世の中には、たった3ヵ月で1st入りしたっていう鶴畑コンツェルンの次男坊みたいなのもいる。 俺自身は戦った事もないし、彼の試合も見た事がないのでどんな人間かは知らないが……さぞ凄腕なんだろう。 神姫の世界は広いぜ。 正直そう真面目に取り組んでいたわけでもない俺みたいなのがこんな上位にいていいんだろうかと思う気持ちが大半なんだが……ここは相棒の頑張りに対する正統な見返りってもんだろうと納得してる。 で、今日も今日とて近所の中級センターに足を運んだのだが…… 「んおぉう!? そこにいるのは我が盟友ではないかッ!」 「よう上等兵」 「ぅワガハイは大佐であるッ! 勝手に降格するなァッ!」 この男は大佐和軍治(おおさわ・ぐんじ)…記念すべき(?)俺たちの初戦の相手。 どこぞの大学で『ミリタリー研究会』の会長をしているらしく、あだ名は「大佐(たいさ)」だそうな。 相変わらず地味なんだかカラフルなんだか解らん服装に加えてバカ声張り上げるもんだから目立つこと目立つこと。 「まったく……同期の桜たる貴様でなければ上官侮辱罪で投獄しておるところだぞッ!」 『お前は同期でもないし上官でもない』というお約束のツッコミはしない。 この半年でツッコミ疲れたから。 「しかしいつも思う事ではあるが、我が初戦の相手がいまや押しも押されぬ1stリーガーとは、ワガハイも実に鼻が高い!」 俺とまったく同じ日に神姫デビューしたコイツは、今も草リーグや3rdリーグにいる。 理由は……まぁ色々と。 別に俺自身、高いリーグに進むのがエラいとも思っちゃいないし、何より本人が楽しそうだからいいけどな。 「B3も久しぶり」 「サー・イエス・サー」 俺の言葉に反応し、大佐和の肩の上でビシッと敬礼したのはヴァッフェバニーのB3(ビー・キューブ)。 ミリタリーマニアなマスターに倣ってか、口調や態度は軍人そのものって感じだ。 「うむ、久しく貴様の顔も見ていなかったからな。 近々救援物資を届けてやろうと思っていた所だ」 「また人ン家で酒盛りする気か? 勘弁してくれ」 以前、大佐和は『救援物資の配給と戦略・戦術会議』と称して俺の家に酒とつまみを大量に持ち込んだ事がある。 まったく、大学生の宴会好きに付き合わされるのはもうこりごりだ。 「何を言うか、大体貴様の生活は不健康に過ぎる! 部下の管理は上官の務めであるからなッ!」 「一応遼平さんの生活は私が管理しているんですが」 ポツリと呟くルーシー。 『会議』の後の惨状を思い出したのか頬が引きつっていたりする。 ……ハタチも過ぎた男2人が、神姫に怒鳴られながら二日酔いの頭を抱えてデリバリーのピザやコンビニ弁当、レトルト・ジャンクフードの食器に包装、ビールやワインの空き缶、空き瓶を片っ端から掃除する姿というのは、正直言って人様に見せられたもんじゃなかった。 「ンむぅ……おおそうだ! 今日は貴様に折り入って頼みがある!」 その時の剣幕を思い出したのか、大佐和はあからさま話題を変えてきた。 「実はワガハイの大学に『ボードゲーム愛好会』なる組織が存在する。 まぁ常に最前線で剣林弾雨を切り抜けるワガハイらから見れば、所詮は盤上での不健康な遊戯に過ぎん。 それゆえ前々から意見の衝突はあったのだが……最近は連中も武装神姫に傾倒し始めたようで、何かにつけてワガハイらに絡んでくる始末」 相手の事は知らんが、性格から考えて積極的にカラんでるのは多分コイツの方だろう。 「人様に迷惑かけるなよ三等兵」 「ワガハイ悪者ッ!? というか大佐だと言っておろうが!」 「あー悪い悪い階級とかそういうの疎くてなぁ」 「それはともかく……そういう訳なので、僅かでも勝率を上げる為のアドバイスなどくれると助かるのだが」 「後先考えない特攻精神を抑えるだけで、勝率はだいぶ上がると思いますよ?」 ルーシーの言葉に、大佐和は「何の事だか解らない」という顔をする。 「あー……お前って格闘ゲームやると必殺技だけ連発する系だろ」 「ンなぁにをアタリマエの事を。 最高の一撃で最大のダメージを与え敵を屠る! これぞ大和男子(やまとおのこ)の魂というものであろうがッ!」 「だからダメなんだっつの。 黙って見てりゃ銃もミサイルもバカスカ撃てるだけ撃ちまくるし、少しは弾数とかスタミナ配分とかペース配分とか」 「たわけッ! 弾もスタミナも切れる前に倒してしまえば事は済む! 故にペース配分などワガハイ的には不要ッ!」 「倒せてねぇからアドバイスしろったの寝言かコラ」 「遼平さん、どうどう」 ルーシーの言葉に、少しクールダウン。 ……ったく、コイツの大鑑巨砲主義は何とかならないのか。 話は戻るが、大佐和が勝てない理由は正にこれ。 デビュー以来まったく変わらない特攻スタイル……何しろ、しばらく隠れたり逃げ回ったりしてれば勝手に弾切れ起こして接近戦しか出来なくなる。 そうなったらこっちの飛び道具を撃ち込んでKOってなもんだから、今じゃデビューしたての中学生にすらボロ負けする始末。 これで自分の戦術に問題があると気づく素振りすらないんだからどうにもならない。 「相手を見てからアレコレ戦法を変えるなど卑怯奇天烈摩訶不思議! 真の戦士、真の勇者とは、けして己の信念を曲げぬ者にこそ与えられる尊称なのだッ! 違うかァB3ッ!?」 「サー、コマンダー」 「B3、お前アレだぞ? 自分の主人だから仕方ないのかも知れんが、世の中には『言ってやる優しさ』ってのもあるぞ?」 「仕方ないとはナニゴトかっ!?」 ふと見れば、周囲のお客さんたちがこっちを見てくすくす笑ってる。 違います。 僕ら芸人じゃありません。 アンコールとか言われても困ります。 ちなみにルーシーはあまりの羞恥に耐えかねて俺の服の中に入ってしまっている。 ……マスターを見捨てて逃げるなよ。 前話「初戦」へ 『不良品』トップページへ 次話「予約」へ
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アスカ・シンカロン04 ~審寡~ 「おかしいぞ」 本屋を出た帰り道に立ち寄ったのだ。 繁華街の一角だった事も確か。 なのに。 「無い」 いつも通る道の何処にも、件の骨董屋は見つからない。 「無い訳無いだろう!?」 昨日の帰り道は、特に意識しては居なかった。 それは逆に言えば、何時もと同じ道を通ったからだ。 「なのに、なんで何処にも無いんだよ!?」 繁華街の入り口まで戻り、神姫センターを通って、昨日立ち寄った本屋へと辿り着く。 そして、その帰り道に古びた建物を見つけた筈だった。 「左の方だったんだ、間違いねぇ」 「北斗ちゃん、そっち右なんだよ」 「……」 「……」 「い…、いいんだよ。『こっち』側なのは確実だ!!」 本屋から繁華街の入り口まで戻る道を辿る。 右側と、念の為に反対側も確認しながら、ゆっくりと歩くが、該当する建物に巡り合わぬ内に、繁華街の入り口まで戻ってしまった。 「無いんだよ」 「んな訳無ぇ」 肩の上に腹這いになりながら寛ぐ明日香に、北斗は余裕の無い声で返す。 「なんで無いんだ。この通りなのは絶対に確実だ!!」 「あのさぁ、北斗ちゃん」 「んだよ」 「神姫を取り扱っているお店なら、神姫センターで聞けば分かるんじゃない?」 「……」 ぽん。と一つ手を打って、北斗は神姫センターに向かって走り出した。 「―――無いですねぇ」 大型神姫センターの店長である女性が、パソコンで検索しながらそう応える。 「んな訳無ぇだろ!!」 「でも、この近くで神姫を取り扱っているのは、ココとパソコンショップ、それにおもちゃ屋の3店だけです」 パソコンショップは場所も違うし、独立した大型店舗でどう間違っても骨董屋に間違えるわけが無い。 おもちゃ屋は、北斗も時折ゲームソフトなどを買いに行く行きつけの店だ。そこでもない事は確実だった。 「小さな店でよ、骨董屋みたいな雰囲気なんだ。このすぐ近くの筈なんだよ」 「そう言われましても……」 流石に店長も困った顔をする。 「あの……」 「はい?」 北斗の肩の上から店長に話しかける明日香。 「個人経営の小さな店だと、ココに登録されていない事ってありますか?」 「オーナー登録は必須だし、出荷や、ユーザー管理の観点からも、本社が把握していない小売店なんか存在しないわね」 「そうですか」 とりあえず礼を言って、二人はカウンターを離れる。 しかし、これで八方手詰まり。 こうなって来ると、昨日の記憶を疑う方が正しい気もするが、それが記憶違いでない事は今もポケットの中にある、あの墨で書かれた手書きの説明書が証明している。 「それ以外の可能性ね~」 「北斗ちゃん、携帯貸してほしいんだよ」 「…? どうするんだよ」 「骨董屋さんの検索をするんだよ」 テーブルの上に携帯と明日香を置いてやると、明日香は器用に掌でボタンを押し込みながらその操作を始めた。 「どうだ?」 「う~ん、該当件数3件なんだよ。……でも全部遠いね」 「違うか」 一番近い店でも徒歩で30分以上掛かる。 候補に上げる事は出来そうに無かった。 「…狐にでも化かされたかな?」 冗談めかしてそう言った後、背もたれに寄りかかり、仰け反って転地逆の真後ろを見る北斗。 さかさまの視界に、蝙蝠型ウェスペリオーのCMが流れていた。 「…何やってるのよ、北斗」 「んあ? 夜宵?」 本来なら天井からぶら下がっているのだろうその神姫のCMとの間に、割り込んでくる見慣れた少女。 「…んあ、じゃないわよ」 肩の上に白いストラーフを載せた夜宵が、北斗のすぐ後ろに立っていた。 「…って北斗、神姫買ったんだ?」 テーブルの上で正座する明日香を見つけ、夜宵が視線を動かす。 「あ、ああ、そうだ!! 夜宵―――」 「―――マスター、自己紹介ぐらい自分で出来ます」 「え?」 明日香の事を説明しようとした北斗を遮り、明日香自身が立ち上がって夜宵の前に進み出る。 「始めまして。……私、マスターの武装神姫になりました、明日香です」 「……っ!!」 その名に、弾かれた様に硬直する夜宵。 「……お、おい明日香……」 「……………………北斗、あんた趣味悪いわよ……」 一瞬、気持ちの悪い物でも見るような目で明日香を見て、夜宵は一歩後ずさる。 「……姉さんはもう居ないって、言ったでしょ? それなのにっ!!」 「大丈夫ですカ、マスター」 夜宵の肩の上でその頬に手を置きながら、彼女の神姫、パールが主を気遣った。 「……帰る……」 「では、これで失礼させていただきまス。北斗。……それから、明日香さン……」 北斗を、そして明日香に視線を這わせてから、パールが頭を下げた。 「……北斗。……姉さんは、もう死んじゃったんだからね……。……もう、何処にも居ないんだよ……」 そう言い残し、夜宵は踵を返して小走りに走り去った。 「明日香、お前どういうつもりで!?」 「えっと、夜宵ちゃんには、しばらくナイショしようと思うんだよ……」 「…なんでだよ」 何か考えがあるらしいと悟り、北斗は声を落した。 「ほら、あのさ。少なくとも私が何で神姫になってるのか。その理由を説明できないと、信じて貰えないかもしれないんだよ」 「夜宵なら大丈夫だって!!」 「……でも、ずっとこのままじゃないかもしれないし……。夜宵ちゃんには、心配かけたくないんだよ……」 「……ぁ」 確かにその通りだった。 弥涼明日香は生き返った訳ではない。 例えば、神姫の素体に明日香の魂みたいなものが憑依したのだとしても、ずっとこのままという保証も無い。 或いは、次の瞬間に明日香の魂が消えて、飛鳥がただの神姫に戻る可能性だってあるのだ。 「だから、少なくとも。私がどうしてこうなったのかが分かるまでは、他の人には秘密にして欲しいんだよ」 「……ああ、分かった」 頷くしかない。 もしも、明日香のこの状態が長く続かないのだとしたら。 心の整理をつけた夜宵に、もう一度別離を味わわせる事も無いのかもしれない。 「……でもよ、そのまま明日香って名乗ったのは不味くないか?」 「だって北斗ちゃんには、咄嗟に別の名前で呼ぶような演技は無理なんだよ」 「……はい、出来ません。演技力ゼロです。そういう機転も利きません。ゴメンなさいでしたぁ」 「うん、分かれば宜し~んだよ」 にへへ、と笑うその顔が、生前のものと同じ事に、北斗の胸が少しだけ痛んだ。 -
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雨が降り注ぐ近代都市を、重武装の神姫が滑るように移動していた。 その神姫は背中のブースターを全開にし、その巨躯からは想像もつかないほどの速度でビルの谷間を翔ける。 その姿は・・・神姫と言うよりは・・・・一体の機動兵器の様だった。 「・・・・・・・・目標確認、破壊、する」 機動兵器の彼女は小声でそう呟く。元々声の大きい方ではないからだ。 『うん。なかなか調子がいいじゃないか。ブレードよりもこう言う兵器系に向いてしまったのはなんとも皮肉なもんだが・・・・まぁいいか。それよりもノワール』 「なに」 『今日一日の感想はどうだい?』 「・・・・・それを・・・どうして・・・・聞くの?」 ノワールはそういいながらビルの陰から現れたターゲットを破壊する。 右手のライフルの残弾は・・・・残り僅か。 『どうしても何も、ハウはもう寝てるしサラに聞くわけにもいくまい。私達が見たのは暗闇で何か話していた二人だけだ』 「・・・・・・・・・・・」 彼女の主の言葉を無視しマグチェンジ。 その間も左手に装備したライフルは火を吹き続けている。 『おぉっと。わからないという返答はなしだよ? 具体的な意見を聞くまでは、このトライアルは終わらないし終わってもその武装は使わせてあげませんからね?』 多分、クレイドルで寝ている自分の傍にはニヤニヤ笑った主がいるのだろう。ノワールはそう思った。 意地が悪い。 「・・・・多分・・・二人・・・好き合った・・・・でも・・・・」 ・・・・でも、なんだろう? 何か違うような、そうでないような。そんな感じがする。 『・・・・ふむ。つまり微妙な状態なわけだな』 とうとう右手のライフルの残弾がなくなった。 ノワールはライフルを捨てると、左手のライフルを右手に持ち返る。 そのまま空いた左腕で、近くまで来ていたターゲットを殴った。ターゲットはよろめき、その隙にライフルで止めを刺す。 それと同時にアラームが鳴り響き、ノルマをクリアした事を知らせた。 『ん? 随分と早いな。もう二百体倒したのか。・・・・・AC武装は物凄い相性がいいな。メインこれで行こうか』 「ヤー、マイスター」 * クラブハンド・フォートブラッグ * 第十九話 『出現、白衣のお姉さま』 「ちょっと! 何で起こしてくれなかったのよ!! 遅刻確定じゃない!!」 「そうは言われましても。何度も起こしたのですが・・・・まさかハバネロが効かないくらいに眠りが深いとは」 「どおりで口の中がひりひりするわけね! 毎度の事ながらあんたには手加減って言葉が無いの!?」 「――――――わたしは相手に対し手加減はしない。それが相手に対する礼儀と言うものなのです」 「無駄に格好いい!? あんたいつからそんなハードボイルドになったの!?」 「時の流れは速い・・・というわけでハルナ。わたしと話すより急いだ方がいいのでは?」 「あんたに正論言われるとムカつくのはなぜかしらね・・・・?」 朝、目が覚めたときにはもう八時を過ぎていた。 普段私を起こすのはサラの役目だけどさ。流石にこういうときは起こしに来てよお母さん・・・・・・。 大急ぎで制服に袖を通し、スカートのファスナーを上げる。 筆箱は・・・あぁもう!! 「何か学校行くのがだるくなってきた・・・・休もうかしら」 私がそういうと、サラが驚いた顔で見つめてきた。 え、なに? 「・・・・珍しいですね。普段なら遅刻してでも行ってたのに。と言うか無遅刻無欠席じゃないですか。行ったほうがいいのでは?」 「ん・・・でも何か面倒になっちゃってね。・・・別にいいじゃない。たまには無断欠席も。それに・・・・・」 学校には、八谷がいる。 昨日の今日でどんな顔をしたらいいのか判らない。 お互いにはっきり言葉にしなかったとはいえ・・・・OKしちゃったわけだし。 「うん、決めた。今日はサボる。サボって神姫センター行って遊びましょう!」 「・・・・・まぁ、別にいいですけれども」 そうして辿り着いた神姫センターには、当たり前と言うかなんと言うかあんまり人がいなかった。 まぁ月曜日だし午前中だし。来ているのは自営業さんか私みたいなサボり位だろうけど。 それでも高校生と思しき集団がバトルしてたのは驚いた。まぁ多分同類だと思うけど。 ・・・・でも強いな。あのアイゼンとか言うストラーフ。 砂漠なら・・・勝てる、かも? 「それにしてもなんだか新鮮ですね。人が少ない神姫センターというのも」 「平日はこんなものじゃない? 仕事や学校あるし。・・・・あぁでも最近は神姫預かる仕事も出来たんだっけ」 「そんな職業があるのですか。なんと言うか、実にスキマ産業的な・・・・所でハルナ、わたしは武装コーナーを見たいです」 私はサラの言葉に苦笑しながらも、センターに設けられた一角に向かって歩き出す。 このセンターは武装やら神姫本体やら色々揃ってたりするので結構お気に入りだ。筐体もリアルバトル用とVRバトル用の二種類を完備してるし。 とりあえず売り場についた私はサラを机に乗せ、商品を自由に見せて回る。・・・・買うつもりは無いのよ。 そうこうしているとサラが一挺の拳銃のカタログを持ってきた。 「ハルナ、このハンドガンなんてどうでしょうか」 「・・・いや、そういうの良く判らないんだけど」 「なんと!! ハルナはこの芸術品を知らないと!? このマウザーは世界初にして世界最古のオートマティックハンドガンなのです。マガジンをグリップ内部ではなく機関部の前方に配置しているのが特徴でグリップはその特徴的な形から『箒の柄』の異名で呼ばれています。かつては禿鷹と呼ばれた賞金稼ぎ、リリィ・サルバターナや白い天使と呼ばれたアンリが使用した銃として有名ですね。さらにこの銃、グリップパネル以外にネジを一本も使用しないというパズルのような計算しつくされた構造を持っておりこの無骨な中に存在するたおやかな美しさが今もマニアの心を魅了し続けて ―――――――――――」 「あ、この服可愛いー。でもレディアントはサラに合わないかな」 「ひ、人の話を聞いていないッ!? そして何故ハルナではなくこのわたしがこんなに悔しいのですかっ!?」 ふふん。ささやかな復讐なのよ。 「でもさ、だったらそんなへんてこな銃じゃなくてこっちの馬鹿でかい方が強いんじゃないの?」 「ぬ・・・わたしのツッコミを無視して話の流を戻すとは。いつの間にそんな高等技術を・・・・それはともかく、確かに威力が多きければ強いと言えなくもないですね。でもそのM500は対人・対神姫用としては明らかにオーバーパワーです。リボルバーですから装弾数も期待できませんし」 「ふぅん。数ばらまけないのはきついわね」 威力だけじゃ勝てないってことか。 サラのマニアックな説明はそもそも理解する気が無いけれど、戦闘に関してはさすが武装神姫。私よりも知識が多い。 ・・・うん、この後バトルでもしてみようかしら。 どうせ暇だし、作戦を立てたり実力を図る意味でもバトルはしたいし。 「ねぇサラ。この後さ ――――――」 「ん? こんなところで何をやってるんだお前」 と、サラに話しかけようとしたら逆に後ろから誰かに話かけられた。 振り向くと・・・・そこにはなぜか白衣を着たお姉ちゃんが立っていた。胸ポケットにはノワールちゃんだけが入っている。 「え、何で白衣?」 「第一声がそれかね。これはバイトの仕事着だよ。それよりもお前、何でこんなとこいるんだ? サボりか」 「え、えと・・・・それはですね・・・なんと言うか」 まずいことになった。 そういえばここら辺はお姉ちゃんのテリトリーだったっけ。 ここで見つかってお母さんに告げ口されたら・・・・! 「ん・・・あぁ別に怒ってるわけじゃないんだよ。サボりなら私もよくやったさ。仲のいい三人組で遊びまわったもんだ」 そういってお姉ちゃんは笑った。 よかった。告げ口されたらどうしようかと。 「そっか・・・・そういえばハウちゃんはどうしたの? ノワールちゃんだけだけど」 「アイツは定期健診。今神姫用医務室にいるよ。それよりも、暇だったら一戦やらないか? 今バイトの方も暇だしな」 お姉ちゃんはサラの方をチラリと見ながらそう言った。 サラがどうかしなのだろうか。 「うん、いいよ。それじゃ筐体の方へいこう。・・・サラ、おいで」 「承知です」 断る理由の無い私達はお姉ちゃんの誘いに乗った。 戻る進む
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姉さまは強い 槙縞ランカーには、その神姫本来の属性を外れた武装を使う者が多いが、その中でも姉さまはある種格別だ 姉さまは強力な武器を使わない 本来ストラーフはパワードアームやパワードレッグを使った白兵戦が強力なタイプだろう・・・が、姉さまがそれらを使っているのを見た事は無い 武器セットや改造装備の中からでも、姉さまは拳銃やナイフ等、普通に手動で操作出来る簡単な武器しか、使っているのを私は見た事が無い 常に自分の価値観での格好良さを第一に武装をコーディネイトして出撃し、遊びながらでも必ず勝って帰ってくる 姉さまは私にとって、マスターである以外に憧憬の対象でもあった だから、使わない本当の理由を、考えた事は無かった 「使わない」のではなくて「使えない」のかも知れない等と、考えた事も無かった 第拾壱幕 「MAD SKY」 ばらばらと、私の周りに無数の武器が現れ、あるものは転がり、あるものは闘技場の床に突き刺さる マスターが戦闘に参加出来無い以上、サイドボードを利用するにはこういった形で、バトル開始時に一斉転送してもらうか、戦闘中に私がマスターに指示するしかない だが、この『G』相手に後者のやり方では間に合わないと判断した私は、サイドボードのありったけの火器を一斉転送してもらう事にした 相手に使用される危険性がある以上、普通なら誰もやらないだろうが・・・ 「・・・!!」 案の定、出現した武器には目もくれず一直線に此方に走って来る『G』 それだけ自分の闘法に自信があるのか、それとも ・・・・単に『使えない』のか・・・・ 兎に角、ジグザグに武器の丘を走り回りながら、手に付いた火器を打ち込む事にする こういう手合いには先手必勝・・・だ 『仁竜』の大刀を素手で粉砕した以上、白兵戦になったら多分勝ち目は無い ならば精度は落ちようとも、弾幕で削り殺す!! 唸る短機関銃、榴弾砲、ライフル、機関銃 半ば喰らいながらかわされる、爆風をかえって跳躍力に加算される、僅かに装備した装甲でいなされる、マント(私のと同じ防弾か!)で防がれる 無茶苦茶だ!動きは全く出鱈目だし、それ程速くも無いが、『G』は自身の身を削りながらも、私の全ての攻撃を回避している 否、違う 奴が回避してるんじゃない 私が怯えているからだ・・・心のどこかで、こんな攻撃で奴は死なないんじゃないかと思って怯えているからっっ・・・! 爆風を切り裂いて、殆ど満身創痍の姿に見える『G』が私の懐に入って来ている 「・・・あ」 「ひとつ」 鈍い音がした 「いやああああああぁぁぁぁぁぁぁ姉さま------------っ!!」 びっくりする程の声・・・絶望の片鱗を感じた時、人は叫ぶ 神姫は人の真似をする様に作られた だから彼女も叫んでいる その精巧な絶望を感じている心がプログラムされたものであろうとも プログラムされたものであろうとも「心」は「心」だ 席を立つ 「もう見ないのですか?マスター」 「あぁ、もうけりは付いただろう。この試合を見る為に僕は来たからね・・・別に残りたいなら君の意思を尊重するけど」 「ならばマスター、この闘いはまだ終わっていない。見届けるべきだ」 「!?」 勝敗のコールは確かに行われていない 何よりも、大きく吹き飛ばされた『ニビル』に向かって『G』は走り出している 「馬鹿な・・・どうやってあの攻撃をしのいだんだ?『G』の攻撃は甲冑も貫くのだろう?」 「マスター自身が言ったではないか・・・ニビルの、『Gアーム』だ」 意識はあった バーチャルスペースの方に、である どうやらデッドの判定は下されなかった様だ どうも私は闘技場の壁面に埋まっている状態らしい 体の状態は・・・ (片脚が・・・無い・・・!?) 恐ろしいパワーだ・・・武装神姫の細腕では装甲を付けていてももたないと踏んで、ヒットポイントをずらしてかつ脚で受けたのだが・・・ 太股の辺りに残骸を残しつつ、私の右脚は見事に砕け散っていた。ついでに横腹にも痛みがある・・・明らかに衝撃でボディスーツが引き千切れていた まだ動けるなら闘おうとも思っていたが、これでは死んでいないだけで、戦闘は不可能に近い 普通こういう状況になったらジャッジングマシンが私の敗北を宣言するのでは無いか・・・?と、思考は迫り来る破砕音で途切れた 「ふたつ」 粉砕される瓦礫と共に、再び大きく外に放り出される 床に叩き付けられ、呻く・・・だが今はその痛みについて考えている場合ではない (やっぱり・・・数えている?) なるべく攻撃の手を控えているのは、一撃必殺に誇りがあるからでは無いのではないか? あのパンチの速さと威力ならば、私の銃撃の幾つかは拳で迎撃出来た筈だ(余りにも想像したくない光景だが、多分可能だろう) だがそれをせず、危なっかしい方法で回避した (しかも数えている・・・という事は) 結論はひとつ、彼女の『Gアーム』は私のそれと同様に、使用回数制限があるのだ ならば、勝ち目はあるかもしれない ただ 問題となるのは その勝利を手に入れる為には恐らくもう私には たったひとつの手段しか残されていない事 この闘いは 多くの代償を支払ってまで 勝つ必要のある闘いだろうか? 『G』が迫る 私には・・・ 『そうよヌル。準決勝で会いましょ』 理由は、それで充分だった 「マスター!残りのサイドボードを一式、送って下さい!!」 いつもそれを、サイドボードに入れてはいた(ただ、そもそも私は、サイドボードを使って闘う事自体が初めてだったのだが) だがその装備を、私は封印していた 理由は簡単 その装備を使うと危険である事が、私のオーバーロード、「ゴールドアイ」の「代償」だからだ マスターは、知っている 私がこのオーバーロードを入手した時に、神姫体付けの拡張装備を使用すると、神経系が破損してゆく体になってしまった事を マスターは、知らない 残りのサイドボードとは即ち、“サバーカ”、“チーグル”、DTリアユニットplus + GA4アーム・・・まさにその体付けパーツである事を・・・! 電撃を受けたような衝撃が、私の体を貫いた 「結果、出ました」 「で、どうだった?」 暗い部屋でパソコンのモニタに向かっていた男が振り返る 逆光で、本当におぞましい怪物か何かに見えた 「実質上の未来予知が可能な『ゴールドアイ』の前には、いかな『ジェノサイドナックル』とて無意味です。『ニビル』の勝利に終わりました」 事務的な口調で応える・・・この男の前では彼女はいつもそうしていた 「ニビルは『ゴールドアイ』を使ったのだな?」 ねちこく、重ねて男は問うた。満足のいく応えに対し、数瞬自らの考えに沈み、すぐに口の端が吊り上る 「ククククク・・・ふはっはっはっは・・・・・・!ならば良い!これで少なくともあの筺体は、現状で望み得る最良の蟲毒壺としての状態になったわけだ!フハハハハハ!!」 「闘うがいい!木偶人形ども!俺の・・・俺の『G』の為に!!!」 高笑いと独り言を繰り返す男を見ながら、キャロラインは拳を硬く握り締めた 剣は紅い花の誇り 前へ 次へ
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攻略本「武装神姫 BATTLE MASTERS Mk.2 ザ・コンプリートガイド」の簡易レビュー、間違い・誤植・情報抜けの報告をするページです。 ※間違い・誤植・情報抜けの情報には不足があります。新情報がありましたら「コメント」へ情報提供をお願いします。 簡易レビュー 良い点 ライバルの登場条件、ボスキャラクターの攻略などが詳しく掲載されている。 ドロップする景品とその確率、ミミック・強化ミミックの入荷率なども掲載されている。(個人で検証できない攻略本のみを根拠としたデータのwikiへの掲載は著作物の侵害にあたるため厳禁) 特典プロダクトコード「ギュリーノス・ダーク」付属。 悪い点 攻略本単体としては比較的高額の2,300円。 カテゴリ別の武装データの掲載順がゲームと大きく異なり、武装を探し辛い。ゲーム:平仮名、片仮名、漢字、英数字の順。ヴ=は行。(SORTをNAMEにした場合) 攻略本:英数字、五十音の順。平仮名・片仮名・漢字の区別無し。ヴ=あ行。 ゲーム内での確認の可否を問わず、敵神姫の装備が掲載されていない。 後述する間違い・誤植・情報抜けが散見される。 間違い・誤植・情報抜け エウクランテの固有RA入手時期が間違っている。 レーザーグレネード+VCのCOSTが169とあるが実際は195。 「+GC」「+CG」を混同する、などの誤植が全体的にある。 武装入手条件の情報抜け。 入手武装 会場・大会 マスター スキンファクシ+CL ビットブル火器属性タッグ 島津佳美 OSY010 Aガード+MK ハンマー ライフル杯 麻呂
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左腕と左脚、左の乳房のみを「サイフォス」ベースの装甲で覆った姿でエルギールはヴァーチャルスペースに現れた 金管楽器の様な凄まじく派手な銀色の装甲は、今回のフィールドである湖畔の風景を見事に天地逆さまに写している 『随分軽装だな?まぁホントの白兵戦になりゃぁ神姫用の武器は「避けられない」方がヤバいって言うし、ある意味ありっちゃありか?でも所詮そんだけだろ?ビシッとキメてやろうぜ!華墨』 (確かに軽装だ・・・が・・・・) 武士の台詞を華墨は半分聞き流している ここ数回のバトルで、華墨は少しずつではあるが自らのデフォルト武装の取捨選択を始めていた 初戦の教訓と「どうせ相手に密着するのだから」という事で、十字戟もメインボードから外し、主力武装は腰の大小に、やや肩周りの可動を阻害する肩当を捨て、ジョイントを介して「垂れ」の部分だけを直接装備、鬼面と喉当ても外していた 最後の二つは今回のバトルに際して急遽実行したのだが、それというのもポッドに入る前にちらりと、エルギールの主力武装とおぼしきものを目にしたからだ それは剣呑な黒い刀身に、禍々しい朱い模様がうねうねと描かれた、非常に大振りなダガーだった(殆どショートソードと言っても良かったかも知れない) 神姫が外出する時に、手持ちの得物の中から携行に便利な物を選んで持ち歩くというのは聞いた事があるが、華墨には何故だか判らないがそれが「護身用の武器では無い」という強迫観念めいた確信があった それで、視界と装甲の二択に(勝手に)迫られて、結果折衷案で、「兜は残して仮面は外す」という結論に至った訳だ いずれにしても、未だに胸の奥をざわざわと撫でられる様な感覚はおさまらず、目の前の軽装な姿を、武士程楽観視出来無いのだった 第伍幕 「Merciless Cult」 自分と相手の戦力差がどの程度なのか?正確に把握するには結局ぶつかってみるのが一番良い。華墨は覚悟を決めた ざくざくいう足音と共に、バーチャルの下生えが踏み潰されてゆく。(いける、いつもの私だ)ポニーテールを地面に水平になるくらい迄浮かせながら華墨は走る。右手で太刀を抜き放ち、気合一閃、一気にエルギールに斬りかかる! 白刃が虚空に白い影を描き、華墨の天地は逆転する。遅れて知覚される苦痛 「ハン!速さと装甲にモノ言わせて真っ直ぐ突っ込んで殴るだけの、単なるゴリ押しじゃない!?案の定大した事無いわね?」 (なんだ!?何をされたんだ?今!?) 地面を抉る程に叩き付けられた華墨だったが、即座に立ち上がり、エルギールから距離をとる 「どうしたの?躓きでもしたのかしら?ホント情っさけ無いわね」 憎まれ口を叩くエルギール。その手に武器らしきものは握られていない。華墨が警戒していた短剣も、まだヒップホルスターの中だ 「・・・」 「つば」を鳴らして太刀を構え直す。いつもの様に、加速をつける為の攻撃型ではなく、切っ先を相手に向けた防御よりの型だ 「・・・アタシってそんな気が長い方じゃ無いのよね・・・来ないんなら」 ヒップホルスターから短剣を抜き放つエルギール。一瞬、朱色の模様が生物の様にうねった・・・様に感じた 「こっちからブン投げてやるまでよォ!!」 「!!」 明らかに短剣が届く間合いではなかった、が、エルギールの剣は鋼線で接続されたいくつかの節に別れ、異様な動きでもって華墨の左腕に巻き付いたのだ。食い込んだ刃が、華墨の人工皮膚を・・・裂く 「くそっ!!」 鋼鉄の毒蛇に腕を拘束されたまま切り込む華墨。だが、引き手を殺されたへたれた斬撃は、あっさりとエルギールの腕甲でいなされ、挙句そのまま首を掴まれる (・・・ぐっ!) くぐもった呻きが漏れる。それは人間的な条件反射だが、神姫が「人がましく」振舞う為に動きの基礎に組み込まれている 「けだものを捕らえるには罠を使うでしょう?アタシはその罠。さぁ、ホントのアタシのフルコンボってやつを見せたげるわ!!」 首を掴んだ左手が捻られる、同時に右足が払われ、左腕の拘束を引き外す動きでそのまま吊り上げられる (これが・・・!?) 「まずは天(転)」 異様な体勢で転ばされ、なんとか残った右腕で受身を試みる 「間に人(刃)」 ぞぶりだかどすだかいう様な汁っぽい音と共に、引き抜かれ空を舞っていた刃が右腕に突き刺さる たまらず、そのまま顔面から地に倒れ付す華墨。打撃系の衝撃が、装甲ごしにでも強烈なダメージを全身に及ぼした 「最期は地に血の花を咲かせて逝きなさいな!アンタの名前に相応しい幕切れじゃない!!」 エルギールの哄笑、無理矢理体を起こそうとする華墨だが、最早戦闘能力が無きに等しいのはいかなる目で見ても明白だ (立ち上がる・・・ちから・・・) 武士が何かを叫んでいた、残念ながら華墨には何を言っているのか全く判らなかったが・・・ (ここで立ち上がる・・・ちからが・・・) だが、そんな力は華墨の中には無かった。愛も、怒りも、不屈の意思も、未だ華墨は本当の意味で理解など出来て居なかった 虚ろに過ぎるジャッジのマシンボイスを、ヴァーチャルスペースに全く意識があるままに、華墨は聞いていた 「華墨・・・負けちまったのか・・・?」 武士は腰を浮かせて、呆然とディスプレイを見ていた その肩に琥珀の小さな、冷たい手が掛かる迄、武士は彼女が入ってきた事にすら気付いていなかった 「ね、判った?闘うってこういう事なんだよ。体はヴァーチャルでも、彼女らが感じる恐怖は本物なんだ。」 小さな、だがはっきりした声だった 「だって・・・武装神姫って、バトルする為に創られたんだろ?」 のろのろと首を回す武士。琥珀の、多分名前の由来なのだろう琥珀色の瞳は、感情を深い所に隠していて、思考を読み取る事は今の武士には不可能だった 「確かに彼女達は闘う為に創られた。でもね、闘争本能を持たされていても、彼女達が本当に闘いを望んでいるかどうかは判らないんじゃないかな?」 「・・・え?」 「判らない?君は彼女のマスターだけど彼女は本当の意味で『君の神姫』になっているのかな?」 「当たり前だ!神姫は登録した人間をマスターとする様に出来てるんだろ?」 語気を強める武士、だが琥珀の口調にも表情にも、僅かな変化も見られなかった 「プログラムされた知性、プログラムされた感情、なら、忠誠心だってプログラムされたものなんだろうね」 「・・・」 にこりともしない、が、別に怒りも悲嘆も、いかなる色も彼女の表情には現れないのではないかと、武士は思った 「・・・」 「プシュ」と空気の抜ける様な音がして、華墨のバトルポッドが開く ゆっくり顔を上げる華墨に一瞬目をやってから踵を返す琥珀 「じゃ、するべき事はしたから・・・縁があったらまたね・・・」 視線だけ二人に向けて言い放つと、もうそのまま、むにむにと柔らかい足音だけ残して琥珀は去っていった 「・・・負けてしまったよ・・・マスター・・・」 「・・・あぁ・・・」 ここで取って付けた様な労いの言葉を吐く事が出来るのか?吐く資格があるのか?労ってやるべき存在?神姫は・・・? 玩具にそれをするのか?人間にそれをしないのか? 「・・・無事でよかったよ」 武士は恐ろしくばらばらな表情でようやくそれだけ吐くと、華墨を抱え上げポケットに入れ、無言でブースから出るのだった 「見事な『壁』役だったね」 「僕は厭だよ。本当はこんな役なんて」 「買って出た苦労だろう?私は何も頼んじゃいない」 「・・・・・」 「・・・君にとってはどうなんだい?」 「何がさ?」 「神姫とは高性能な知性を持った玩具なのか・・・?身長15センチの人間なのか・・・?君が佐鳴武士に叩き付けた問いについて・・・だよ」 「・・・そういう話は川原さんとでもしてなよ。帰ろうか?エルギール」 主よりも遥かに派手な神姫を肩に乗せて去る少女を見ながら、皆川はいかにも意味ありげに不気味に微笑んで見せるのだった 剣は紅い花の誇り 前へ 次へ
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キズナのキセキ ACT1-14「謝ることさえ許されない」 ■ また。 また視界に映るすべてのものが灰色に見える。 わたしの目の前には、大きな鉄の扉。 人間の大人が一人で開けるのも大変そうな、重い扉。 その一番上にランプが赤く光っていて、それだけがわたしの目に色づいて見える。 ランプは文字を表示している。 『手術中』 ……マスターはさっき、この扉の奥へ連れ込まれた。 港の倉庫街での一戦の後。 すぐに救急車が呼ばれた。 大城さんがマスターについて救急車に乗ってくれて、わたしを病院まで一緒に連れて来てくれた。 病院に着いて、お医者様の診察を受け、間をおかずに手術することになった。 当然だった。 救急車の中でうつぶせにされたマスターの、傷ついた背中。そして左手。 わたしが見たって、普通じゃない傷つき方。 救急隊員の人たちが言ってた。 命に関わる、って。 すぐに治療が必要だ、って。 マスターとわたしたちが乗った救急車は、大きな総合病院にやってきた。 到着してすぐ、マスターは準備された手術室に入り、わたしたちは閉め出された。 この分厚い扉の向こう。 マスターが今どんな様子なのか、わたしには知る由もない。 わたしは力なく、そびえ立つ鉄の扉に触れる。 わたしはレッグパーツを装着したままで、左の足首は壊れたまま。 レッグパーツを治してくれる手は……マスターの手は傷ついていて……もしかして、もう治すことはかなわなかも知れない。 「……いや……」 それどころか、この鉄の扉の向こうから、マスターが無事に戻ってこないことだって……あるかも知れない。 だって、命に関わるって、言っていた。 そうしたら、どうなってしまうだろう? わたしはもうマスターの声を聞くことも、あの大好きな笑顔を見ることも出来ないままで。 ただ電池切れの時を待つだけ? それとも誰か他のマスターの神姫になってしまう? あるいはまたお店に戻されてしまう? いずれにしても、もうマスターに会えないのだとしたら。 「……いやです……マスター……」 わたしにとって、マスターは『世界』そのものだった。 マスターがいてくれたから、世界に色が付いた。 マスターがいてくれたから、絆を紡ぐことができた。 マスターがいてくれたから、わたしは……幸せだった。 その幸せを手放さなくてはならない。 不意に、その想像がリアルに胸に迫った。 灰色に染まった視界の影が濃くなったように思える。 心が何かに掴まれて、ぎゅっと握られたように、苦しく、痛い。 マスターがいなくなる。わたしにとって、この上ない恐怖だった。 「いやだあああぁぁ……!」 なぜあのとき、わたしは動かなかったの。 ストラーフの爪を、この身体が裂かれても、止めればよかった。 マグダレーナのミサイルを、脚が砕けても、身を呈して防げばよかった。 そうすれば、マスターが傷つくこともなかったのに! でも、そんな風に思ってももう遅い。マスターは大けがを負い、わたしはこうして不安に泣き叫ぶことしかできないでいる。 ◆ 「なんでこんなことになっちまうんだよ……」 泣き崩れるティアの肩を抱きながら、虎実は悔しげに呟く。 虎実には何も出来なかった。 現場に着いたときには、すべて終わっていたのだ。 虎実が見たのは、遠野がゆっくりと倒れるところだった。 その後、救急車が来るまでの間、半狂乱になったティアを抱きとめていた。 救急車の中で、遠野の胸ポケットにミスティがいることに気付いたのも虎実だった。 ミスティはずっと、電池切れのように眠ったまま動かなかった。ミスティが意識を取り戻したのは、遠野が手術室に入った後のことだ。 虎実は無力感に苛まれる。 ティアもミスティも、一番の友達であり、ライバルだと思っていた。 その友人たちが大ピンチの時に、虎実は何もしてやれなかった。 いま泣き続けるティアの肩を抱いているだけが精一杯。 もう、彼女の涙なんて見たくないというのに。 なんでティアはまた泣かなくてはならないのか。 「なんで、アタシは……こんなに役立たずなんだよ……!」 肝心なときに、いつも、何の役にも立てない。虎実にはそれが泣きたくなるほど悔しかった。 ティアの肩を抱きながら、唇を噛みしめる。 そんな虎実とティアを見て、ミスティもまた無力感に苛まれる。 貴樹の左手のケガは、ミスティに原因がある。 貴樹の胸ポケットにミスティがいなければ、貴樹自身が狙われることもなかったのだ。 親友であるティアにとって、マスターの貴樹がどんなに大切か、どんなに依存しているのか、よく知っている。 だからこそ、自分のせいで貴樹が傷ついたことに、責任を深く感じていた。 しかも、そのケガは、自分のマスターが別の神姫に命じて負わせた……いや、正確には、ミスティを破壊しようと攻撃してきたのだ。 神姫が自らのマスターに命を狙われる。 その事実はあまりにも悲しい。 自らの深い悲しみと重い責任の板挟みになり、ミスティは寄り添うティアと虎実を見ながら立ち尽くす。 「……ナナコ……どうすればいいっていうのよぉ……」 いつも自信たっぷりなミスティの、それは初めて口にした泣き言だった。 ◆ 悲嘆にくれる神姫たちを、大城大介は直視できずにいた。 ティアの泣き声、虎実の呟き、ミスティの嘆き。それらに耳をふさぐこともできず、ただ、手術室前の簡素なソファに腰掛けてうつむき、ただただ、手術が終わるのを待つしかなかった。 あのとき、パトカーを引き連れてきた大城は、予定の時間を大幅に超過していた。 理由は単純で、警察の説得に難儀したのである。 大城は、やんちゃはやめたと嘯いてはいるが、見た目はまったくヤンキーと変わらない。 時間を見計らい、近所の警察署のMMS犯罪担当のところにタレコミに行ったはいいが、逆に裏バトルの主催とのつながりを疑われ、弁明に時間を費やした。 なんとか警察を説得して、パトカーを出してもらったときには、すでに遠野との約束の時間をオーバーしていた。 現地に着くまで、遠野たちが無茶をしていないか心配していた。 心配は的中し、大城の予想を超える事態になっていた。 大急ぎで救急車を呼び、ティアとミスティを回収、遠野について救急車に乗り、病院へ向かう。 茫然自失になっている菜々子も心配ではあったが、そちらは彼女の祖母がいたので、全面的に任せることにした。 彼女たちは警察に連れて行かれたらしい。 病院に着くと、遠野はすぐに救急治療室に運ばれ、そしてすぐさま手術室に移された。 そして今、大城は手術室の前で、まんじりともせずに待っているというわけだった。 あのとき、一体何があったのか。 その場に居合わせた人物たちも神姫たちも、語る状況にない。 だから彼は、自分で見た状況で判断するしかなかった。 大城は大きな疑問を抱いている。 いくらリアルバトルだからといって、遠野が瀕死の重傷を負うなんて、おかしくはないか? バトルロンドは確かに面白くて奥深く、真剣に遊ぶゲームだ。 だが、所詮ゲームなのだ。 なぜそこにマスターの命のやりとりが加わってくるのか。 大城はどうしても納得できない。 (遠野が死んじまったら……俺は菜々子ちゃんを許せないかもしんねぇ……) 最後にはそんなところまで、考えが行き着いてしまう。 大城は暗い瞳のまま、悶々と考えを巡らせ続けていた。 そこに、足音が一つ聞こえてきた。 規則正しい靴音は、迷わず真っ直ぐに、この行き止まりの手術室前へと向かっている。 足音が大城のすぐそばで止まった。 うつむいた大城の視界に黒い革靴が目に入った。ビジネス向けの革靴とスラックスの裾。大人の男と思われるが、今こんなところに現れる人物に心当たりがない。 大城はゆっくりと顔を上げる。 暗い目で無愛想な表情をした大城は、さぞかしおっかない顔をしていたであろう。 しかし、その男性は少し眉をひそめただけだった。 「貴樹の友人にしては珍しいタイプのようだが……君は貴樹の友達かね?」 「……え?……ああ、奴とはマブダチだけどよ……あんたは?」 初対面の相手に随分と失礼な物言いだ。大城の返事も、ついぞんざいな口調になる。 スーツをきっちり着こなした、大人の男だった。年の頃は四○歳を越えているだろうか。ここにいるにはあまりに場違いな人物のように、大城には思えた。 いぶかしげな大城の視線を受け流し、男性は短く答えた。 「父親だ」 その答えに、大城は世にも間抜けな表情を返してしまった。 ◆ 倉庫街のリアルバトルから一晩が明け、昼近くなってようやく解放された。 久住菜々子は茫然自失の状態のままで、取り調べはもっぱら久住頼子が答えていた。 頼子は事件の詳細を適当にでっち上げた。 頼子と菜々子、遠野の三人で倉庫街を歩いていたところを、目出し帽をかぶった人物に襲われた。相手は神姫マスターで、武装神姫をけしかけてきた。 身の危険を感じ、仕方なく応戦した。 結果、神姫たちの被害は甚大、もうだめかと思ったその時、遠野が連絡した友人の大城が、警察を連れて来てくれたのだ。 相手の神姫マスターは泡を食って逃走した。 その神姫マスターに、頼子は面識がない。おそらく、菜々子も遠野も大城もないだろう。 単なる通り魔の神姫だったのだ。 あきらかに適当な作り話だったが、こちらは被害者だという主張を押し通した。 取り調べの刑事たちは当然疑っていた。 朝になって再開された取り調べの際に、頼子は仕方なく切り札を切った。 知り合いの刑事に連絡を入れたのだ。かつてMMSがらみの事件に首を突っ込んだときに、担当だった刑事は本庁のMMS公安勤務だった。 彼は快く身元引受人を引き受けてくれ、すぐに頼子が留置されている所轄の警察署までやってきてくれた。 すると、取り調べていた刑事たちは手のひらを返すような態度となり、頼子と菜々子は早々に釈放されたのだった。 「あんまり無茶言わんでください。こっちも忙しいんですよ」 「でも、これであのときの貸し借りはチャラってことでいいでしょ? たっちゃん」 「……これでチャラなら、お安いご用ですが、ね」 頼子は隣で缶コーヒーをすする、年若い刑事に微笑んだ。 地走達人は苦笑しながら首を振る。彼は警視庁MMS犯罪担当三課所属の刑事で、日々MMS関連の凶悪事件を追っている。 頼子と地走は、とある武装神姫がらみの事件で知り合った。ファーストリーグも二桁ランクの神姫マスターともなれば、事件の一つや二つ、巻き込まれるものである。 その時に頼子と三冬が活躍し、事件を解決した。地走とはその時以来の付き合いである。 「その呼び方をするのは、神姫屋やってる古い友人と、あなたくらいですよ」 「その堅い表情やめるといいわ。そしたら、たっちゃんて呼び名も似合うし、もてるから」 「やめてください」 地走刑事は苦笑した。 出会った頃から、頼子はこんな調子である。にこやかに笑いながら、難局を切り抜けるような女性だった。 その彼女が自分に助けを求めて来るというのは、よほどに差し迫った事態なのだろう。 まさか警察のやっかいになっているとは思わなかったが。 それでも、頼子が道にはずれることをするはずがない。地走にそう信じさせるほど、頼子への信頼は深かった。 だからこそ、彼女の「別のお願い」も素直に聞き届けてしまう。 しかし、一警察官として、堂々と機密情報を漏らすわけにはいかない。 「まあ、これは独り言なんですがね……」 地走刑事はとってつけたような前置きをして、話し出す。 「あの神姫……『狂乱の聖女』を秘密裏に追っかけてる組織があるんですよ」 「組織?」 「ええ。あんまり大手なもんで、そこが動くときには、うちもマークしてるんですが……」 「どこなの?」 「亀丸重工」 さすがの頼子も絶句する。 それは、国内でも屈指の財閥グループの、中心企業の名前だった。 ◆ 夕方。 菜々子は病院にいた。心療内科での診察が終わり、待合室のソファに所在なく座っている。 ここ数日の記憶は曖昧だった。 昨日の夕方、倉庫街でリアルバトルした理由も思い出せない。 はっきり覚えているのは、機械の目だけが露出したのっぺらぼうの神姫をなぜかミスティと思いこんでいたことだけ。 耳元で貴樹が叫んでくれたから、そこは覚えていた。 だが、その後のことはやはりよく覚えていない。 気が付いたときには取調室のドアが開いて、頼子さんが迎えに来てくれた。 そして、自分が今どこにいるかも分からぬまま、病院に連れてこられて、問診を受けていた。 一体、自分はどうしてしまったというのか。この数日、特に昨日の夕方、何があったのか。 ミスティはどうしているだろう? お姉さまは、貴樹は、今どうしているだろうか? チームのみんなや、『ポーラスター』の仲間たちは? 菜々子は漠然とそんなことを考えながら、夕暮れの赤い日差しの中で佇んでいた。 「……菜々子ちゃん、か……?」 野太い声が、菜々子の耳に届いた。 菜々子はゆっくりと声のした方に顔を上げる。 「……大城くん……みんな……」 菜々子はゆっくりと立ち上がる。 菜々子の視線の先で、大城は複雑な表情をしていた。 それから大城の背後には、シスターズの四人と、安藤智也の姿も見えた。 八重樫美緒は花束を抱いている。 誰かのお見舞い、だろうか。 そう思ったとき。 チームメイトの一団から、蓼科涼子が素早く抜け出した。 菜々子に向かって駆けてくる。 前に来た、と思った瞬間、菜々子の身体は衝撃を受けて、床に倒されていた。 右頬に熱い痛みがある。口の中に鉄の味が広がった。 「涼子!?」 「ちょっ……やめろ、蓼科っ!」 緊迫した声。 菜々子は振り向いて見上げる。 まるで鬼のような形相をした涼子を、安藤と大城が両脇から羽交い締めにしている。 菜々子は涼子に殴られた。武道をやっている涼子の打撃だ。一発殴られただけで転ばされるほどの威力があった。 だが、涼子はそれでもまだ納得が行かないようで、転んでいる菜々子にさらに襲いかかろうとして、仲間に押さえられている。 ……なぜ涼子ちゃんは、こんなに怒っているんだろう。 菜々子は漠然と思う。 涼子が辺りもはばからずに大声で怒鳴りつけた。 「あんた……なんてことしてくれたのよ! あの人の手はね! ティアのレッグパーツを作った手なのよ!? 涼姫の装備を作ってくれた手なのよ!? それを……リアルバトルで神姫けしかけて大ケガさせるなんて……腕が動かなくなるかも知れないのよ!? 信じられない!」 涼子の言葉に、菜々子は愕然とする。 思い出した。 あの時何をしたのか。 耳から聞こえる声に導かれて、ストラーフに抜き手を打たせた。 ミスティを破壊するために。 もし、遠野の左手がそれを阻んでいなければ。 ミスティもろとも、彼の心臓まで貫いていたはず。 つまり……自分の神姫と一緒に、愛する人の命さえ奪おうとした! いま初めて認識する事実は、菜々子にはあまりに重く、そして痛い。 うなだれて表情を見せない菜々子に、有紀が追い打ちをかける。 「なんでだよ……遠野さんは恋人だろ?……なのになんで、あんな女のいいなりになって……大事な人を傷つけて……あの女が、そんなに……わたしたちより大事かよ!」 違う。 菜々子は頭の中で否定する。 誰かより誰かの方が大事だなんて、ない。 お姉さまとチームのみんな、どっちが大切かなんて、比べられない。 菜々子にとっては、両方とも大切だった。 だが、それを言葉にできなかった。 いま、菜々子が何を言っても、嘘になってしまうから。 「……憧れてたのに!」 有紀が怒りに悲しみをにじませながら叫ぶ。 「尊敬していたのに……好きだったのに! 神姫を使って、好きな人を傷つけるなんて……最低だっ!」 有紀の言葉一つ一つが菜々子の心に突き刺さる。 有紀も涼子も、菜々子を慕ってくれるチームメイトだった。 菜々子は神姫マスターとしてもっともやってはならないことをしてしまったのだ。 彼女たちが裏切られたと思うのも当然だった。 「ご……ごめ……」 「謝らないで!」 反射的に口をついた謝罪は、涼子の怒声に遮られ、菜々子はびくり、と肩を震わせた。 涼子の声は、地の底から聞こえる呪詛のように響く。 「謝ったって許さない……絶対に許さない!!」 「ーーーーーっ!」 その言葉は菜々子の心を折るのに十分だった。 もう顔を上げることも、声を上げることさえ出来ない。 菜々子は床にはいつくばる以外に何も出来ない。 チームのみんなが、横を通り過ぎていく気配。 誰も声をかける者はいない。 ただ、背中に投げかけられる視線を感じた。 侮蔑、戸惑い、怒り。そうした感情がこもった視線が一瞬、菜々子の背中に突き刺さり、消えた。 足音が遠ざかる。 しかし、菜々子は、足音が消え去った後も、身じろぎ一つ出来なかった。 ◆ 夜の病院の待合室は静謐だった。 最小限の照明で薄暗く、ときどき、職員や見舞い客の気配がする。 昼間の活気は遠く、今は静かで穏やかで少し寒い。 その待合室の奥の隅。 菜々子はいつの間にか、奥まって目立たない位置にあった椅子に座り、身を隠すように背を丸めていた。 うつろな瞳からは、流れた雫の跡が頬へと続いている。 菜々子は思う。 わたしは間違っていたのだろうか。 だとしたら、何が間違っていたのか。 菜々子にとって、何が一番大切かと問われれば、それは「仲間」だった。 武装神姫を共に楽しむ仲間たち。 かつての『七星』、今のチーム・アクセルのメンバー、そして、遠征を続ける中で出会った神姫マスターたち。 菜々子にとって、誰も失いたくない、かけがえのない仲間だった。 その仲間たちの大切さ、仲間とともにいることの楽しさやかけがえのなさは、あおいが教えてくれたことだ。 だからこそ、菜々子は今も、あおいに仲間の輪の中にいてほしいと願う。 だが、仲間たちでそれを理解してくれる人はいない。 今の仲間と桐島あおい、どちらが大切なのか。 その問いを菜々子に投げかけたのは、先ほどの有紀だけではない。 『ポーラスター』の仲間たちにも、幾度となく尋ねられてきた。 その都度、菜々子は答える。 どちらも大切で比べようもない、と。ただ、あおいお姉さまが昔のように一緒にいてくれればいい、と。 それが菜々子の本心だった。 それは、とんでもないわがままだろうか? 途方もない高望みだろうか? そもそも、仲間か憧れの人か、どちらかを選び、片方を切り捨てなければならないものなのだろうか? だが、どちらも切り捨てられずにいるうちに、菜々子はどちらも失うことになってしまった。 どちらも大切にしてきたはずなのに、どうしてお姉さまも今の仲間たちも、そして愛する神姫さえも、わたしの元から去ってしまうのだろう? 愛した人さえも傷つけてしまうのだろう? わからない。 わたしは何か間違っていた? だとしたらどこで間違ったの? 何が間違っていたの? 結論のでない問いがループする。 暗い思考のループは、やがて渦を巻き、菜々子の心を少しずつ飲み込んでゆく。 開かれた瞳は何も見ておらず、光は徐々に失われてゆく。 ……もう、このまま死んでしまえばいい。 そんな言葉が心に浮かび始めた頃。 「……菜々子! こんなところにいたの? 捜したわよ」 聞き慣れた声が近寄ってくる。 頼子さん。ぼやけた意識の中で、祖母の名前を呼ぶ。 頼子は菜々子の隣に腰掛けた。 菜々子は、呟くように、言う。 「頼子さん……わたしは、まちがっていたの……?」 「え?」 「みんな……みんな……たいせつだったのに……わたしからはなれていくよ……」 「菜々子……」 頼子は菜々子の頭に腕を回し、そっと抱き寄せた。 菜々子は力なく、頼子の肩にもたれかかる。 「なんで……? わたしはだれもきずつけたくないのに……みんなでいっしょにいたいだけなのに……なんできずつくの? なんでいなくなってしまうの? いつも、いつも……」 修学旅行から帰った後も、あの暑い夏の公園でも、そして今も。 求め、手に入れたと思っても、菜々子の手から滑り落ちてしまう、かけがえのない宝物。 「菜々子は間違ってなんかいないわ」 その時の頼子の声は、限りなく優しかった。 「わたしは、菜々子を信じている。他の人がどんなに菜々子を責めても、わたしはあなたの味方よ」 「……どうして?」 「家族だから」 頼子は即答した。 菜々子の肩を掴む手に力がこもる。 「あなたはわたしの、たった一人の家族だから。 あなたがいてくれて、今日までどんなに心強かったことか……。 菜々子の両親が……雅人と早苗が亡くなったとき、わたしも悲しくて悲しくて……もう立ち直れないと思った。もう死んでもいいかも、って思ったの。 でもね、あなたがいたから、わたしは死ぬわけにはいかなかった。忘れ形見のこの子を守り、育てなくちゃって。しっかりしなくちゃって、ね。 菜々子がいてくれて、本当に嬉しかった。家族がいてくれて、本当にありがたい、そう思ったの。 だから、助けてくれたあなたを、わたしは決して見捨てたりしない。わたしはずっと、あなたのそばにいるわ」 頼子さんは知らない。 菜々子が、たとえわざとでないにしても、遠野の命を奪おうとしたことを。 それを知っても、頼子は菜々子を許せるだろうか。 でも今は、頼子の温もりが何よりも暖かくて。 「……よりこさん……ありがと……」 菜々子の礼は弱々しかった。 だが、頼子さんの言葉で、暗い思考の渦を止めることは出来た。 菜々子はまた立たなくてはならない。この後、どんなことが待っているとしても、ずっとここで、うずくまっているわけにはいかないのだ。 ほんの少しだけ、気力を取り戻せた。 頼子は優しく微笑むと、不意に立ち上がる。 「それじゃあ、行きましょう」 「……どこへ?」 「あなたを待っている人がいるのよ」 頼子に手を引かれ、菜々子はよろけるように立ち上がった。 思考も身体も、まだぎこちない。縮こまっていたせいか、節々が鈍く痛む。 菜々子はふらつきながら、頼子の後を追う。 エレベーターに乗り、長い廊下を歩いていくと、個室の病棟に入った。 扉のいくつかを通り過ぎ、たどりついた個室。 代わり映えのしない扉の前で、菜々子は立ちすくんだ。 さっき、頼子さんが言っていたことは、嘘だ。 味方なんかじゃない。 なぜ、いま、この時に、わたしをここに連れてくるの。 菜々子は恐怖に身をすくませ、顔を凍り付かせた。 扉の横、患者の名前の表札。 『遠野 貴樹』 と書かれていた。 次へ> Topに戻る>
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ウサギのナミダ ACT 1-34 ■ 「……不器用な人、かな」 わたしの答えに、三人とも、「え~?」と不満の声を上げた。 「不器用なマスターじゃ、メンテナンスも満足にしてもらえないんじゃない?」 「あ、そうじゃなくて……手先は器用なの」 一四番さんの言葉に、わたしは説明する。 「手先じゃなくて……こう、気持ちとか、感情を外に出すのが苦手な人なの。 でも、本当は、とても優しくて……」 わたしは内心驚いている。 自分の説明がなぜかやたらと具体的だったから。 「いつも仏頂面だったり、怖い顔だったりするけど、笑顔が素敵で。 好きな女の子の前では、照れ屋さんで。 口に出しては言わないけど、わたしのことを一番に考えてくれていて。 わたしをいつもまっすぐに見てくれる……」 三人とも、わたしの言葉を真剣に聞いてくれてる。 わたしの頭の中で、一人の男性の姿が浮かび上がろうとしている。 「その、人の、名前、は……」 とおの たかき。 どうして。 どうしてこんな大切なことを忘れていたの。 世界で一番大切なマスターのことを……! わたしはすべて、はっきりと思い出していた。まるで、メモリにちゃんとアクセスできるようになったかのようにクリアに。 そう、マスターの元でわたしは、わたしは……。 「ね、ねぇ、どうしたの? どこか痛いの? 気分悪い?」 三六番ちゃんが、わたしに近寄ってきて、背中をさすってくれる。 わたしはうつむいて泣き出していた。 それは贖罪の涙だった。 本当は、この三人の前に現れる資格なんてなかった。 それに気がついてしまった。 「ご、ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさ……」 謝っても、わたしは許されないと思う。 それでも謝る以外にできることなんてなかった。 「どうしたの? どうしてあやまってるの?」 三六番ちゃんの心配そうな声。 ごめんなさい。わたし、あなたにそんな風に優しい言葉をかけてもらう資格なんてないの。 七番姉さんも、一四番さんも側に来てくれた。 二人も心配そうな顔をして。 「どうしたの? 二三番」 七番姉さんの優しい声に、わたしは告白する。 「わたしっ……お店の外に連れ出されて……そのあと、幸せだったのっ……。 ……マスターに、出会ったの……。 マスターは……わたしを、風俗の神姫と知っても……受け入れてくれた……」 涙が止まらない。 胸が痛い。 こんなに耐えられない痛みは何度目だろう。 でも、それを堪えて、言わなくてはならない。 きっとそのために、ここにいると思うから。 「……幸せだったの……みんなが、みんなが辛い思いしているときにっ! わたし、ひとりで幸せだったのっ…… みんなを助けようなんて、考えることもなく……ひとりだけ…… 裏切り者なの……あたしは…… みんなに、合わせる顔なんて……あるはずない……!」 ずっと、こんなに幸せでいいのかと思っていた。 本当は、わたしだけじゃなくて、お店の神姫がみんな幸せにならなくちゃいけないと、ずっと思っていた。 わたしだけ幸せでいていいなんて、虫のいい話。 そんなこと、あっていいはずがなかった。 だって、お店の神姫は、わたしと同じくらい、あるいはそれ以上に、ひどいことされて、辛い思いをしてきたのだから。 だったら、みんなが幸せにならなくちゃ……。 「裏切り者なんて、思ってないよ?」 三六番ちゃんの声に、わたしは顔を上げる。 涙にかすむ彼女は、小首を傾げて、いっそ不思議そうな表情。 「それどころか、感謝してるのに」 「な……なんで……?」 「だって……そのマスターなんでしょう? お店をなくしてしまったのは」 「え……!」 なんで、そんなことを知っているの。 驚いているわたしに、七番姉さんが言った。 「わたしたちは、わかっていたわ。 あなたがいなくなって……お客さんに連れ去られて、しばらくして、お店が警察の取り締まりを受けた。 だったら、きっとあなたが、外で誰かと出会い、お店がなくなるように頑張ってくれたんだって、そう思ってた」 七番姉さんは、髪を掻き揚げた。 「……まさか、全国の神姫風俗が取り締まられるとは、思わなかったけれど」 それは、マスターがしたこと。 マスターがわたしのために、戦ってくれたから。 刑事さんが、お店の神姫は、別のマスターに引き取られると聞いて、わたしは安心してしまっていた。 自分の罪から目を逸らすように。 「わ、わたしは……ゆるして、もらえるの……?」 「許すなんて……最初から恨んじゃいないよ」 一四番さんの微笑みは、とても優しかった。 「それどころか……あんたはわたしたちの希望さ」 「きぼ……う……?」 「そうさ。 あんたは、風俗の神姫のままでも受け入れてくれる、素敵なマスターに出会えたんだろ? だったら、あたしたちだって、きっと素敵なマスターに出会える。そう信じられる。 きっと、ここから出ていった連中だって、幸せになってるって、信じられるんだ」 一四番さんは、わたしをまっすぐに見て、言う。 真剣な表情。 「それだけじゃない。 今も、神姫風俗にいて、苦しんでいる神姫はたくさんいる。 その神姫たちが、あんたのことを知ったら? 希望が持てる。 風俗の神姫でも優しく迎えてくれる人が、現れるかも知れない、って。 限りなくゼロに近い可能性かも知れない。 でも、ゼロじゃない。ゼロじゃないんだよ。 ……あんたがいるから! あんたが、すばらしいマスターと出会えたことが、その証拠なんだよ!」 そんなこと。 でも、マスターと共にいることを、みんなが許してくれるのなら。 こんなに嬉しいことはない……けれど……。 「わたし……マスターと一緒にいてもいいの……? ……幸せでいいの……?」 わたしの両の瞳からは、いまだに大きなしずくがこぼれていく。 そんなわたしに、三六番ちゃんは、にっこりと笑いかけてくれた。 「もちろんだよ。あなたが幸せでいてくれなくちゃダメだよ」 彼女は少し寂しさに笑顔を少し曇らせる。 「わたしたちは……これから、記憶を消されるから……次に会ったとき、あなたのこと、覚えてないかも知れない。 でも、きっとわかるよ。 あなたがわたしたちにとって、特別な神姫だってこと。 きっとあなたのこと、応援するから……だから……」 三六番ちゃんは、まっすぐにわたしを見て、花開くような笑顔で言った。 「幸せになって」 わたしは。 涙を止めることができなかった。 嬉しくて、嬉しくて。 かつての仲間たちは、わたしのことを認めてくれないと思っていた。 恨まれていると思っていた。 でも、みんな、わたしのこと……わたしのマスターのことを認めてくれている。 この気持ちを、はっきりと伝えなくてはいけなかった。 声を出すのが難しかったけれど。 絞り出すように、言った。 「あり……が……とう……」 そのとき。 聞こえた。 今度こそ、はっきりと。 マスターが、わたしを呼んでいる! 「ごめんね、みんな……わたし……帰らなくちゃ……マスターのところに……」 マスターだけじゃない。 仲間たちの呼び声も、わたしの耳に届いてきた。 帰ってこい、と。 「帰って……戦わなくちゃ……マスターと一緒に……」 それが、今のわたし、だから。 涙を拭う。 もう泣きたい気持ちは、どこかへ飛んでいた。 決然とした気持ちだけが、胸にある。 戦う。マスターと共にあるために。 身につけていたワンピースが弾け飛ぶ。 いつものバニーガールの姿に戻っていた。 すると。 わたしの背後に、光の穴が出現した。 「ゲートよ。ここを通って、あなたの、元の場所に戻れるわ」 七番姉さんが教えてくれる。 わたしは頷いて、三人を見た。 未練は、ある。立ち去りがたく思う。 だけど、三人ともみんな微笑んでくれている。 不意に、三六番ちゃんが尋ねてきた。 「ねえ……名前を教えて?」 「え?」 「マスターがくれた、あなたの、本当の名前」 本当の名前。 そう、この名こそが。 わたしが今、マスターの神姫であることの証……。 「わたしの名前は……ティア」 いま、わかった。 この名こそ神姫の誇り。 武装神姫は皆、その誇りを守るために、戦っている……! 「ティア……」 三人の仲間は、わたしをまっすぐに見て、その名を呼んだ。 そして、ガッツポーズを取ると、声を合わせた。 「がんばって!!」 明るい笑顔で激励をくれた。 わたしも微笑んで、頷いた。 わたしの身体が輝き出す。 光の粒子になって、ゲートに吸い込まれていく。 三人の姿が白い光でかすんでいく。 「みんなも……みんなも、必ず……!」 必ず会えるから。 素敵なマスターに、必ず出会えるから、だから。 みんなも、幸せになって。 すべて言う前に、視界は光に包まれて真っ白に染まった。 伝わったと思う。 そう信じて。 わたしの意識は超高速で電脳空間を駆け抜ける。 帰る。 マスターの元へ。 わたしを『ティア』と呼んでくれる仲間たちの元へ。 そこがわたしの居場所だから。 □ 「ティアアアアアアアアァァァァーーッ!!」 瞬間、時が凍った。 ■ 感覚が戻ってきた刹那。 わたしの耳に届いたのは、一番大切な人の絶叫だった。 目の前にいるのはクロコダイル。 ハンマーを構えている。 現状を認識するよりも早く、身体が勝手に動き始める。 ……これが、雪華さんの言っていた、無意識の機動だろうか。 膝を曲げ、身体を前屈みに折り、右脚を後ろにスライドさせる。 クロコダイルの一撃が、わたしの頭上をすり抜ける。 右のうさ耳がちぎれ飛んだ。 わたしはホイールを急速回転させる。 その場で高速ターン。 身を屈めたままの体勢から、回転しながら身体を上げる。 クロコダイルは、ハンマーを振り抜いたところ。 わたしは、勢いのついた右脚で、クロコダイルの背中を蹴り飛ばした。 重いハンマーを振り、勢いのついていたクロコダイルの身体は、わたしの蹴りで加速され、ものすごい勢いで吹き飛んだ。 塔の中を、大きな激突音が響きわたる。 □ その瞬間、ゲーセンのバトルロンドコーナーは、確かに時間が止まっていた。 筐体の向こうの井山は、目を輝かせた笑い顔のまま静止していた。 ギャラリーは大型ディスプレイを見上げ、目を見開いたまま、あるいは顔を両手で隠したりして、止まっている。 隣にいる久住さんも大城も、俺の背後の少女四人組も動く気配はない。 何より俺が、身動きできずにいた。 その場を一瞬の沈黙が支配している。 時間の動きを示すのは。 ティアの頬を伝う、ひとしずくの涙。 ティアの頭は無事だ。 静寂の中、立ち尽くしている。 いつのまにか、右のうさ耳がちぎれている。 沈黙を破ったのは、クロコダイルだった。 『がああああぁぁっ!!』 土煙の中から、這いつくばっていた上半身を持ち上げている。 口から吐瀉物をまき散らしながら、叫んだ。 『なぜだっ! なぜ戻ってきた!?』 ティアは静かに答えた。 『……声が、聞こえたから』 ■ 「声が聞こえたから。 マスターが、わたしを呼んでくれる声が。 仲間が、わたしを呼んでくれる声が。 だから、わたしは戻ってこられたんです」 心は穏やかだった。 クロコダイルの声を聞いても。 視線の先にいるその姿を見ても。 今は怖いと思わない。 「ありえない! そんなもの、聞こえるものか!!」 「……あなたには分からない」 「なに……!?」 「お互いを大切に思う気持ち……絆があるから……聞こえたんです」 クロコダイルは、これ以上ない憤怒の形相でわたしを見た。 「絆だと……!? えらそうに、汚れた風俗の神姫風情が……!!」 「っ……!!」 瞬間、わたしは睨み返していた。 許さない。 風俗の神姫だからって、貶められる理由は何もない。 だって、わたしたちだって、幸せを求める気持ちは同じだから。 かつての仲間を、今も苦しんでいる仲間たちを、侮辱するのは許さない。 「そんな言葉……わたしは、もう、恐れません!!」 そう。 もうわたしは、自分の過去を恐れない。 いいえ、本当は、はじめから恐れることなんてなかった。 いま、確かなものが、わたしの中にあるから。 わたしは、小さいけれど、ただ一つの確かなものを、胸の前で握りしめる。 「だって、誇りがあるから……」 それは名前。 誰よりも大切な人がくれた、その名前こそ、わたしがわたしである証。 「わたしの名前は、ティア」 そして誇る。 「遠野貴樹の、武装神姫だから!!」 ◆ 歓声が爆発した。 ギャラリーしている人間も神姫も。 誰もが声を上げずにはいられなかった。 「届いた、届いたよ!」 美緒は、三人の仲間たちに抱きしめられる。 みんな喜びに声を上げている。 怖かった。届かないかも知れない、と思った。 でも届いた。 ティアが聞こえたと言ってくれたのだ。 仲間たちと抱き合いながら、美緒は安心と喜びで泣きじゃくる。 □ 「やったぜ……奇跡が起きたぜ、おい!!」 大城が俺の頭を掴んで揺さぶっている。 「帰ってきた……あなたの声、届いたわ、遠野くん!」 久住さんは俺の右腕を掴んできた。 二人の感触が、呆けていた俺を、現実に立ち返らせる。 周囲は歓声が響き、うるさいほどだ。 俺はまだ、ショックの抜けていない気持ちのまま、ヘッドセットをつまんだ。 「……ティア……?」 『はい、マスター』 いとも簡単に返ってくる返事。 その声が、俺の心に深く染み込んでくる。 言いたいことがたくさんあった。 聞きたいこともたくさんあった。 どこへ行っていたのか、誰かと会ったのか、どうしていたのか、俺の声は本当に届いていたのか、身体は大丈夫なのか、心は無事なのか…… だが、頭を一瞬で駆けめぐった言葉は、一言に集約された。 「……走れるか?」 『はい』 力強く。 ティアは何か吹っ切れたように、はっきりとした返事を返してくる。 「……俺なんかの……指示でも……走れるのか?」 『……俺なんか、っていうの、禁止です』 ティアに叱られた。 弱気になっているのは、俺の方か。 そして、続く言葉。 『マスターと一緒に戦えること、わたしの誇りです。 世界の誰よりも、マスターを信じています』 その言葉が俺の心を鷲掴みにした。 溢れ出したのは、闘志。 そう、今はまだ、バトルの真っ最中だ。 勝つ。 ティアのために、俺のために。 助けてくれた久住さんとミスティ、待っていてくれる大城と虎実。 手伝ってくれた四人の女の子たち、それから、海藤とアクア、高村と雪華、日暮店長と地走刑事……俺たちの仲間のために。 そして、井山との因縁を断ち切るために。 「ティア、お前がそう言ってくれるのなら……一緒に戦おう……勝ちに行くぞ!」 『はい、マスター!』 俺は立ち上がり、井山を睨む。 奴は顔を引きつらせていた。 いまや奴のアドバンテージなどないに等しい。 それどころか、ほぼ完全な勝利が手から滑り落ちていったのだ。 井山の顔からは、一切の余裕が消え失せていた 「行くぞ……井山……」 俺は、左手で、井山をまっすぐ指さした。 そこで初めて、手のひらに爪が食い込んで傷になっていることに気がついた。 俺は意に介さず、井山に言葉をぶつける。 「ここからが……本当の戦いだ!!」 次へ> トップページに戻る