約 232,882 件
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2307.html
アスカ・シンカロン04 ~審寡~ 「おかしいぞ」 本屋を出た帰り道に立ち寄ったのだ。 繁華街の一角だった事も確か。 なのに。 「無い」 いつも通る道の何処にも、件の骨董屋は見つからない。 「無い訳無いだろう!?」 昨日の帰り道は、特に意識しては居なかった。 それは逆に言えば、何時もと同じ道を通ったからだ。 「なのに、なんで何処にも無いんだよ!?」 繁華街の入り口まで戻り、神姫センターを通って、昨日立ち寄った本屋へと辿り着く。 そして、その帰り道に古びた建物を見つけた筈だった。 「左の方だったんだ、間違いねぇ」 「北斗ちゃん、そっち右なんだよ」 「……」 「……」 「い…、いいんだよ。『こっち』側なのは確実だ!!」 本屋から繁華街の入り口まで戻る道を辿る。 右側と、念の為に反対側も確認しながら、ゆっくりと歩くが、該当する建物に巡り合わぬ内に、繁華街の入り口まで戻ってしまった。 「無いんだよ」 「んな訳無ぇ」 肩の上に腹這いになりながら寛ぐ明日香に、北斗は余裕の無い声で返す。 「なんで無いんだ。この通りなのは絶対に確実だ!!」 「あのさぁ、北斗ちゃん」 「んだよ」 「神姫を取り扱っているお店なら、神姫センターで聞けば分かるんじゃない?」 「……」 ぽん。と一つ手を打って、北斗は神姫センターに向かって走り出した。 「―――無いですねぇ」 大型神姫センターの店長である女性が、パソコンで検索しながらそう応える。 「んな訳無ぇだろ!!」 「でも、この近くで神姫を取り扱っているのは、ココとパソコンショップ、それにおもちゃ屋の3店だけです」 パソコンショップは場所も違うし、独立した大型店舗でどう間違っても骨董屋に間違えるわけが無い。 おもちゃ屋は、北斗も時折ゲームソフトなどを買いに行く行きつけの店だ。そこでもない事は確実だった。 「小さな店でよ、骨董屋みたいな雰囲気なんだ。このすぐ近くの筈なんだよ」 「そう言われましても……」 流石に店長も困った顔をする。 「あの……」 「はい?」 北斗の肩の上から店長に話しかける明日香。 「個人経営の小さな店だと、ココに登録されていない事ってありますか?」 「オーナー登録は必須だし、出荷や、ユーザー管理の観点からも、本社が把握していない小売店なんか存在しないわね」 「そうですか」 とりあえず礼を言って、二人はカウンターを離れる。 しかし、これで八方手詰まり。 こうなって来ると、昨日の記憶を疑う方が正しい気もするが、それが記憶違いでない事は今もポケットの中にある、あの墨で書かれた手書きの説明書が証明している。 「それ以外の可能性ね~」 「北斗ちゃん、携帯貸してほしいんだよ」 「…? どうするんだよ」 「骨董屋さんの検索をするんだよ」 テーブルの上に携帯と明日香を置いてやると、明日香は器用に掌でボタンを押し込みながらその操作を始めた。 「どうだ?」 「う~ん、該当件数3件なんだよ。……でも全部遠いね」 「違うか」 一番近い店でも徒歩で30分以上掛かる。 候補に上げる事は出来そうに無かった。 「…狐にでも化かされたかな?」 冗談めかしてそう言った後、背もたれに寄りかかり、仰け反って転地逆の真後ろを見る北斗。 さかさまの視界に、蝙蝠型ウェスペリオーのCMが流れていた。 「…何やってるのよ、北斗」 「んあ? 夜宵?」 本来なら天井からぶら下がっているのだろうその神姫のCMとの間に、割り込んでくる見慣れた少女。 「…んあ、じゃないわよ」 肩の上に白いストラーフを載せた夜宵が、北斗のすぐ後ろに立っていた。 「…って北斗、神姫買ったんだ?」 テーブルの上で正座する明日香を見つけ、夜宵が視線を動かす。 「あ、ああ、そうだ!! 夜宵―――」 「―――マスター、自己紹介ぐらい自分で出来ます」 「え?」 明日香の事を説明しようとした北斗を遮り、明日香自身が立ち上がって夜宵の前に進み出る。 「始めまして。……私、マスターの武装神姫になりました、明日香です」 「……っ!!」 その名に、弾かれた様に硬直する夜宵。 「……お、おい明日香……」 「……………………北斗、あんた趣味悪いわよ……」 一瞬、気持ちの悪い物でも見るような目で明日香を見て、夜宵は一歩後ずさる。 「……姉さんはもう居ないって、言ったでしょ? それなのにっ!!」 「大丈夫ですカ、マスター」 夜宵の肩の上でその頬に手を置きながら、彼女の神姫、パールが主を気遣った。 「……帰る……」 「では、これで失礼させていただきまス。北斗。……それから、明日香さン……」 北斗を、そして明日香に視線を這わせてから、パールが頭を下げた。 「……北斗。……姉さんは、もう死んじゃったんだからね……。……もう、何処にも居ないんだよ……」 そう言い残し、夜宵は踵を返して小走りに走り去った。 「明日香、お前どういうつもりで!?」 「えっと、夜宵ちゃんには、しばらくナイショしようと思うんだよ……」 「…なんでだよ」 何か考えがあるらしいと悟り、北斗は声を落した。 「ほら、あのさ。少なくとも私が何で神姫になってるのか。その理由を説明できないと、信じて貰えないかもしれないんだよ」 「夜宵なら大丈夫だって!!」 「……でも、ずっとこのままじゃないかもしれないし……。夜宵ちゃんには、心配かけたくないんだよ……」 「……ぁ」 確かにその通りだった。 弥涼明日香は生き返った訳ではない。 例えば、神姫の素体に明日香の魂みたいなものが憑依したのだとしても、ずっとこのままという保証も無い。 或いは、次の瞬間に明日香の魂が消えて、飛鳥がただの神姫に戻る可能性だってあるのだ。 「だから、少なくとも。私がどうしてこうなったのかが分かるまでは、他の人には秘密にして欲しいんだよ」 「……ああ、分かった」 頷くしかない。 もしも、明日香のこの状態が長く続かないのだとしたら。 心の整理をつけた夜宵に、もう一度別離を味わわせる事も無いのかもしれない。 「……でもよ、そのまま明日香って名乗ったのは不味くないか?」 「だって北斗ちゃんには、咄嗟に別の名前で呼ぶような演技は無理なんだよ」 「……はい、出来ません。演技力ゼロです。そういう機転も利きません。ゴメンなさいでしたぁ」 「うん、分かれば宜し~んだよ」 にへへ、と笑うその顔が、生前のものと同じ事に、北斗の胸が少しだけ痛んだ。 -
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2272.html
2nd RONDO 『そうだ、神姫を買いに行こう ~1/4』 「隠してたわけじゃないんだけど、その…………ね?」 「ね?」 と言われても、俺には何のことだか皆目見当がつかない。 キィキィと軋むオフィスチェアの上で体育座りをした姫乃は、苦笑いのような、バツの悪そうな、形容し難い顔を俺の目から背けた。 服装は昨日と似たり寄ったりの、というか年間を通してカッターシャツにロングスカート(夏は半袖、冬は野暮ったいダッフルコートを追加装備。 日ごとに色が変わるだけ)、肩甲骨のあたりまで伸ばした髪は後ろで一つにまとめ、細身のシルエットによく似合っている。 姫乃がこの狭く汚くボロく散らかった六畳一間 (フロ・トイレ別!) にいてくれるだけで空気が綺麗になったように思う。 いや、事実姫乃がいると、玄関からベランダの窓際まで幸せな香りで満たされる。 小説やドラマでよく見かける 「風に運ばれてくる彼女のいい香り」 とはこのことだったのか。 付き合い始める前から度々、講義と部活を終えた後はこうして俺の部屋を訪ねてきてくれるわけだが、未だこの幸香(造語)に飽きることはない。 それとも、慣れることはない、とでも言おうか。 人間、己が身に過ぎた幸せを恐れるものである。 手を伸ばせば触れられる所に姫乃がいることが、怖いのである。 だってそうだろう? 晴れて大学生となって一人暮らしを始めて、借りたボロアパートの隣室に俺と同じ新入生の女の子が越してきて、しかもその子は可愛さと美しさを足して二を掛けたような容姿で、さらに目が眩むほどの笑顔で俺に微笑んでくれて、そんな子が友人になってくれて、今は俺の部屋で体育座りをしてくれているなんて、今この瞬間も 「これは究極の悪夢じゃなかろうか」 と自分の正気を疑ってしまうほどだ。 ――幸福が過ぎる夢は、目覚めてしまえば重荷にしかならないのだから。 「そうか。 ならば私がその重荷を降ろしてやろう」 いつの間にか俺の肩によじ登っていた姫乃の神姫 『ニーキ』 はそう言うや俺の頬を抓った。 いや、神姫の手のサイズだと、抓るというよりは、 「痛い痛い痛い痛い痛い痛いっての!! お前のサイズでほっぺつねりやるとなあ、蟹に挟まれるみたいに痛いんだぞ!!」 「ニ、ニーキ駄目! どうしたのよいきなり弧域くん攻げ……あああああほら内出血してる!」 椅子から転げ落ちそうになるくらい慌てふためく姫乃とは対照的に、ニーキはあくまでクール(?)に 「そんなもの唾でも付けておけば――ヒメ、君の唾である必要はないんだぞ」 と言い放った。 くそ、もう少しだったのに余計なセリフを吐きやがる。 というかハナコといいニーキといい、神姫ってやっぱり読心機能ついてないか? 「いくらコアセットアップチップが高性能だからって、人の心が読めるわけないだろう。 それと弧域、君はヒメに舐められたいのか?」 「ばっちり読んでるじゃねぇか!!」 姫乃の神姫だから持ち主に似て可愛らしいものだとばかり思っていたのだが、よくよく考えると “神姫は持ち主に似ない” ことは貞方とハナコが一片の矛盾も無く証明していた。 「しかし、どんな男かと思えばこんな奴だったとはな。 ヒメが毎日のようにこ――」 「あー! わー! もうニーキ、少し大人しくしてて!」 姫乃に掴み上げられ、パソコンを常備している机の上に降ろされたニーキは言いつけ通り、澄まし顔で大人しくなった。 黙ってさえいれば、悪魔型神姫・ニーキは武装がなくとも神姫としての魅力に溢れている。 空色の髪をツインテールにして、身体は黒を基調とした悪魔色が鈍く光る。 引き締まった顔に尖った耳がよく似合い、バトルの時は氷のような眼差しと凄惨な微笑みが鉄槌を下すのだろう。 フィールドに立つ、ただそれだけでストラーフ型はオーディエンスへのパフォーマンスとなる。 ……それを姫乃が分かっているかは別の話だが。 「なあ姫乃。 なんで神姫を買おうと思ったんだ?」 「それはもう可愛いもの。 すんごく可愛いんだもの。 工大駅前のヨドマルカメラで電球探してたら、おもちゃコーナーの前でストラーフ型神姫がこう、手を振ってくれてね、一目惚れしちゃったの」 貯金はだいぶ減っちゃったけどね、にはは。 と苦笑いする姫乃に、ニーキを買ったことを後悔する素振りはまったく無い。 「ヨドマルなら神姫に呼び込みさせたりもするだろうな。 ――誰かに誘われて買ったり、じゃなくて?」 「ん? 私の周りはホイホイさんばっかりよ。 神姫持ってるのは鉄ちゃんくらいかな」 「ふうん、そうかそうか。 うん、そうだよなあ」 「?」 ツマラナイことで頭を抱える必要など無かったのだ。 姫乃が浮気? 無い無い無い無い断じて無い。 先程までの杞憂は、そう、ちょっと貞方に遅れを取った焦りから生まれたものだったのだ。 ……と強がってみても、心配など皆無、と言えば嘘になる。 一ノ傘姫乃の魅力があれば男なんて選び放題好き放題だろうに、何故俺なんかを選んだのか、姫乃が隣にいる時はそんな不快な考えばかりが頭を過ぎってしまう。 たかが人形一体で勘繰ってしまうほどに。 姫乃の裏の顔を想像してしまうほどに。 「どうしたの弧域くん。 顔が怖くなってるよ?」 そんな俺の一人相撲を知ってか知らずか、姫乃はまた椅子の上に戻って体育座りしている。 裏の顔、ね。 そんなものがあっても俺はすべてを受け入れる、なんて歯の浮くような台詞を吐くつもりはないけれど、ドス黒い姫乃というのも、それはそれで悪くない。 「しかし姫乃も神姫マスターだったとはね。 俺も買おうかなあ。 んでもってニーキと勝負してみたりさ、楽しそうだぜ」 「え? ……あ、うん、そう……かな」 姫乃の顔が再び、なんとも形容し難いものに戻った。 さっきからどうも様子がおかしい。 分かり易過ぎるほど神姫の話題を避けているようだが、その割にはヨドマルでの出会いをあっさりと白状(告白?)してみせたし、目を逸らすのは決まってどうでもよさそうな話の時ばかりだ。 思えば、俺が神姫の話をしようとした時も、興味がないフリをして話題を避けているようだった。 俺が小一時間ほど “不出来なCDほどフリスビーに向いているのは何故か” を語った時も話に乗ってくれた (というより説教された) 姫乃が、何故こんな話題に口ごもる必要がある? 思い当たるふしは……あー、カツカレーの食べ過ぎだろうか。 「カツカレーで何かが変わると思っているのか。 ヒメ、君の彼氏は馬鹿だぞ」 「心を読むな! そしてもうちょっとオブラートに包めよ!」 「否定はしないんだな」 「お前、人の揚げ足取るの大好きだろ」 「君が見下げ果てた野暮天だからヒメが困っているんだ」 「ちょ、ちょっとニーキ、あんまり――」 「たまには言葉で真っ直ぐ伝えてやるのもこの男のためだぞ、我がマスターよ」 「~~~~っ」 ニーキは言いたいことを言い終えたのか、再び元の寡黙な人形に戻った。 その隣で椅子をキイキイと揺らす姫乃は自分の膝に顔を埋めて――黒髪の間からのぞく耳を真っ赤にしていた。 「言い難い事、あるのか?」 こくり。 頭を縦に動かした。 「怒ってる、とか?」 ふるふるふる。 頭を左右に振った。 「悲しい事だとか」 ふるふるふる。 「あー、じゃあ恥ずかしい事だとか」 こくりこくり。 恥ずかしいこと? 今までの会話のどこに恥ずかしがる要素があった? ますますわけがわからない。 一人で混乱していると、くぐもった声が聞こえてきた。 「……だって、神姫なんだもの」 「うあん?」 「弧域くん、神姫――欲しい?」 「え、くれるの? でもなあ、ニーキはちょっとキツいしなあ、」 「ニーキは駄目。 そうじゃなくて、自分の神姫、買いたい?」 欲しいかと問われれば、そりゃあ欲しい。 着せ替えのように武装させてみたいし、バトルだってさせてみたいし、この隙間風が寂しい部屋に神姫がいれば少しは寒さも和らぐのかもな。 だが、物はいつか壊れる。 熱力学第二法則(第一だったか?)がある限りどんな物でも例外ではないし、神姫だってもちろんその例に漏れない。 負担が掛る可動部はメンテナンスをしていても取り替えが必要になるし、バッテリーも技術が進んだとはいえ充電を繰り返すごとに容量が減っていく。 これらはまだ取り替えが効くからいい。 だがCSCなんて、外部からの衝撃でどんな影響を受けるか分かったものではない。 ――ホイホイさんになぶり殺しにされたマオチャオがそうだったように。 未だあのマオチャオが、持ち主だった弓道部部長の泣き叫ぶ顔が、頭から離れないのだ。 ……あんな別れ方をするくらいなら、最初から神姫なんて持たないほうがいい。 「どうだろうな。 欲しいような気もするし、欲しくないような気もする」 「どっちよ。 欲しい? 欲しくない?」 「俺にもよく分からないんだ。 神姫で遊びたくもあるし、なんつーかほら、犬とか猫とか、死に別れが嫌だから飼いたくないってよく聞くだろ。 あんな感じ」 「弧域くんっていつもはハッキリしてるのに、たまにものすごく優柔不断になるよね」 何故俺は責められてるんだ? 「いいだろ別に。 ハッキリさせなきゃいけないことでもないし」 「よくない」 「いいだろ」 「よくない」 「なんで」 「だって…………よくないんだもん」 姫乃が何を言いたいのか分からないが、少なくとも二人の間うっすらと見える溝をゼネコンが本腰を入れて掘り始めたことだけは確かだった。 俺にどうしろってんだよ、ゼネコンは誰の命令を受けて着工したんだ。 国か? 国なのか? 国土交通省のせいで俺達は付き合ってから初となるケンカをしようとしているのか! 「何がよくないんだよ。 俺が神姫を買っちゃ駄目なのか?」 「駄目っ! ……じゃない、けど……」 「なら買わないほうがいいのか? そりゃあ神姫は高いからな、そう簡単には買えないけどさ」 「そうじゃなくて、そうじゃないの!」 「どっちだよ! 俺は買うべきなのか、買っちゃ駄目なのか!」 「だって! ……だって……」 「だってだって、さっきからそれば――」 言いかけて無理矢理口を噤んだのだが、もう遅かった。 さっきよりも顔を真っ赤にした姫乃が、目に涙を浮かべて俺を……敵のように、睨んでいる。 怒った顔も可愛いんだなあ、なんて考えてる暇があれば謝罪の言葉の一つでも出せばいいものを。 何が悪かったのか皆目見当もつかない俺はどう謝っていいかも分からない。 言葉が出ない。 ぐぅの音も出ない。 希望も何も出てきやしない。 ああ、こりゃもう駄目だ、嫌われたな…………短い春だったな………… 「だって…………だって…………神姫だって、女の子なのよ!!」 「……………………は?」 「神姫はずっと持ち主の側にいるのよ! 弧域くんがもし神姫買ったら、弧域くんはずーっとその神姫と一緒なのよ! わ、私がいない時も!!」 「……………………」 「そんなの! ……そんなこと………………嫌なの」 「……………………」 「ごめんね。 幻滅したよね。 私、すごく嫉妬深いんだ」 「……………………」 「嫌いに、なったよね」 「ンナワケねぇだろおおぉぉぉおおがあぁぁぁああぁぁああああ!!!!」 椅子の上で丸くなっていた姫乃を抱え、ベッドに放り投げた。 「きゃっ!?」 ああもう、悲鳴も可愛い! あっけにとられた顔も可愛い!! こんなに可愛いのに? こんなに愛くるしいのに? 頼まれても嫌いになれるものか!! 「ちょ、ちょっと、弧域くん? 落ち着こう、ね?」 「安心しろ。 俺の頭は今、一面のコバルトブルーだ」 「晴れてる! 頭が晴れてる!」 目を丸くした姫乃に覆い被さるように手をついた。 アルミ製のベッドがギシギシと今にも崩壊しそうな音を立てた。 このベッドもついにシングルからダブルに昇格する時が来たか(?)。 自分の呼吸がどんどん荒くなっていくのが、他人事のように感じる。 体が、心臓の鼓動が、自分のものでないような感覚。 だがそれでも俺は、自分を見失うわけにはいかない。 俺は今、姫乃の目やら唇やら何やらを凝視するのに忙しいのだ! 「あ、あの、私まだ心の準備といいますか、心臓がドキドキして苦しいんですけど……」 「安心しろ、俺もだ。 だがそんなもの、勢いだろう?」 「い、勢い? そ、それにね……その……」 「まだ何かあるのか。 そうだな、今の内に全部言っておくといい」 「まさかこうなるなんて思ってなかったから……」 「うん、そうだな」 「………………今日の下着、あんまり可愛くないの」 「さらば理性ィ!!」 カッターシャツのボタンを一つ一つ外すのも間怠っこしい!! 安心しろ姫乃、今直ぐ全ボタンを引きちぎって、その可愛くない下着とやらを拝んで―――― 「獣め、そんなに規制されたいか。 レールアクション『血風懺悔』」 ずっ。 そんな音が眉間の辺りから聞こえたかと思うと、勢い良く赤いものが飛び出してきた。 「うおおおおおおお!?」 なんだこれ、なにがあった、興奮しすぎて血管が切れたか!? とにかく止血しようと、ベッドに頭を押し付けた。 「きゃあああああああ!? 弧域くん大丈夫!? え~っと、え~っと、そうだ、頭より心臓を高くしないと!」 「『血風懺悔』――受けた者は血風を撒き散らしながら許しを乞うように頭を地になすりつける」 私の得意技だ。 と勝ち誇るような声が聞こえる。 腹立たしいくらいニヒルに笑っているのだろうが、今は視界一面が血で濡れたベッドカバーだ。 「ニーキ!! 弧域くんに恨みでもあるの!? 初対面でしょ!?」 「ヒメも案外野暮天なのかもな。 君達は君達が思っているよりもずっとお似合いの仲だ」 「おいコラ、マジで血が止まらねぇぞ!」 「どういうことよ」 「さっき自分で言っていただろう、 “神姫だって、女の子なのだよ”」 「こ、このやろう人様の眉間に穴空けといて無視かよ……上等じゃねぇか、この借りは神姫バトルで返してやる!!」 叫んだことで穴が広がり、ベッドのシミはさらに広がっていった。 このとき俺は、絶対に武装神姫を買ってニーキを同じ目に合わせてやることを、固く心に誓った―――― NEXT RONDO 『そうだ、神姫を買いに行こう ~2/4』 15cm程度の死闘トップへ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1975.html
「後始末」 ここから先はただの蛇足。 本当の意味で一ヶ月の間にあった話はもうおしまい。 何よりもう二学期は始まっていて、あの夏の一ヶ月は過ぎ去っている。 だからここから先は、本当にただの蛇足。 アタシはこの白いストラーフを親友である結城セツナに託そうと決めた。 誰よりも信頼していたし、海神を失った悲しみも焔と心を通わせた喜びも知っている彼女になら、この娘を幸せにしてくれるだろうと確信していたから。 それに、彼女の名前は刹奈を思い出させてくれる。 正直に言ってしまえば、未だ悲しみはアタシの中でしっかりと存在していて、時々その重さに潰れてしまいそうな時もあるけど、でもそれと共に思い出される楽しかった事が、アタシをまた奮い立たせもした。 あの町にいた時は、刹奈の名前からセツナを連想したものだったけど、今じゃその逆だなんて、少しだけ面白い。 「なんか踏み込めないって言うか。……壁を感じることがあるんだ。はぐらかすような、そんな感じにも見えたし。やっぱり年上って不利なのかなぁ……」 目の前でセツナはティーカップを弄びながら、気になっている年下の彼の事を話している。 まぁ、アタシが話を振ったんだけど。何事にも前振りって必要だしね。 ……確かその件の彼も、『せつな』って言ったっけ? 「具体的には、どんな?」 アタシはセツナの言葉を促すために言う。 丸々会うことの無かったこの夏の間、お互いに何があったのか話せる雰囲気が欲しかった。半ばそのために聞き始めたようなものだったんだけど。 でも「フラれた」なんて言われてしまえばそんな考えもどこかに飛んで行ってしまう。 「……なんて言うか、二人きりになることをまず避けようとする、かなぁ。友達か、神姫が必ず一緒にいる状況を作っているかな」 よっぽど思い悩んでいたのか、セツナは次々とその具体例を挙げていく。そして最後に、 「結構態度にも出していたし、遠まわしかもしれないけど口にも出して言ったんだけど。それとも男の人って、そこまで鈍感でいられるものなの?」 「うーん……そこまで行くと、どうなのかなぁ?」 少しだけ考えてみる。 少なくても、アタシならそこまで好意を寄せられたら少しくらいは「そうかも」とか考える。 夢絃みたいに、結局何も言わずに……逝ってしまっても、彼から受けた好意はしっかりと伝わっていた。 ただ、確信と自信が無かっただけで。 でも、それはあくまで女であるアタシの事であって、男である件の「せつな」君の事ではない。 思い出した心の痛みに耐えながら、アタシはセツナに言う。 「……実際の所、その彼がどう思ってるのか知らないけど、でもそれって、全部憶測なんでしょ?」 彼の行動からセツナが読み取った、彼の思惑というのは。 「まあ、ね。あくまでそういう風に感じた、ってだけ。それ以上は別に避けられているわけでもないし」 「狙ってやってるとしたら許せない所もあるけど、でもそれも思うところもあるのかもしれないし。どっちにしろ相手のこれからの出方次第だよねぇ」 あたしがそう言うと、セツナは頷く。 「ま、あんまり考えていても、なんともならないわね。この話はこれでおしまい」 確かにこれ以上考えても埒が明かないし、アタシの用件を切り出すのにもタイミングが良かった。 「で、今日は本当は何の用なの? まさかその話題だけで家まで訪ねて来たわけじゃないのでしょう?」 アタシが話を切り出す前に、セツナが話を促してくれる。 このあたりの察しの良さは、さすがと言うしかない。 「私も武装神姫やってみたいと思ってさ、ちょうど良いからってこれを注文したんだ。……だけど、これが届いた頃には、興味が無くなっちゃったんだよネ。まぁ、色々理由はあるんだけど、それは追求しない方向で」 別に隠すこと無いんだけど、この嘘で納得してくれるのであればそれに越した事はない。 そんなつもりでアタシは言った。 まぁ察しの良いセツナの事だから、嘘がすぐにばれてしまうかも、とは思っていたけれど。 そして案の定、すぐにばれたんだけど。 やっぱり嘘ついて引き取って貰うのは、フェアじゃない。 でもやっぱり、全部話す事は出来なかった。 「正直に秘密があるって言ってるんだもん。それをちゃんと言ってくれたんだから、それで十分」 そんな卑怯なアタシにセツナのかけてくれた言葉はとても優しかった。 そんなセツナが、「ねえ、朔良。この娘が起きるの、一緒に見届けない?」と言い出す。「なんとなくだけど、この娘が起きるときに朔良が居ないといけない気がするの」と。 なんだか本当に、セツナのこの察しの良さには救われると感じずに入られない。 アタシは少し緊張して、頷いた。 初めて見る神姫の初起動はなんか感動的で、その新たな意識の目覚めはアタシの心の傷に優しく触れてくる気がした。 不意に涙が零れる。 「……朔良、今ならまだ間に合うわよ?」 アタシの流した涙の事には触れず、それでもそっと確認をとる。 親友の、その思いを受け取りながらも、アタシは首を左右に振った。 この娘の為に、アタシの為に、アタシがオーナーじゃない方がいいという意見は、あの町で話したときと変わらずにアタシの中にある。 そのアタシに小さく頷いたセツナは、オーナー名の登録後、またアタシに視線を向ける。 その視線は「名付け親にもならなくてイイの?」と聞いてくる。 アタシはやっぱり首を振った。セツナに託したんだ。だから、全てがセツナによって行われなければならない。 アタシはそう考えていた。だから、アタシはこの娘の名前も付けられない。 この娘には、アタシの痛みを負わせたくないから。 そんなアタシを知ってか知らずか、セツナは悪戯めいた笑みを一瞬だけ浮かべる。 そして 「個体名、朔。 ……貴方の名前は朔。ここに居る朔良から一文字戴いたの。大切な名前よ」 さすがに驚いた。いくらなんでも、なんて皮肉な……。いや、違う。そのねじれたおかしな偶然こそ、きっと必然。 アタシ朔良が出会った神姫、刹奈。 親友セツナに託した神姫、朔。 そんな符号に、心のそこから嬉しくなる。 こんな気持ち久しぶりで。 だからちょっとだけいたずら仕返してやった。 あの夏の日は過ぎ去り、それはもう閉じられた扉の向こう側にある過去でしかないのだろうけれど。 アタシは忘れない。 あの人を忘れはしない。 あの出会いがあったから、アタシはここに居るのだから。 なつのとびら おわり / まえのはなし
https://w.atwiki.jp/bellofelm/pages/879.html
風林火山号(フウリンカザンゴウ) 機体データ 全長 --- 本体重量 --- 全備重量 --- パイロット1 カンシュタイン パイロット2 タリアス 所属 センゴク星 センゴク星が開発した最新鋭の機動兵器 モチーフはカピバラ 実は同星統治者カメジロウ・タケダリンクの専用機になるはずのマシンであったが 両手と両足は別々の操縦者が操縦し、二人がかりでなければ動かないという ワケのわからん操作系統を採用した為ボツ(廃棄処分)になる予定だった しかし開発費(国費)が無駄になる事を憂いた、タケダリンクにより、信頼すべき臣下である カンシュタインとタリアス両名に与えられた(おしつけたとも言う) 元々タケダリンク専用機になる予定だった為 その見た目と裏腹に高い戦闘力を有している 武装 バトル軍配×1 風林タイフーン 火炎放射 大ふへん者キャノン×1 主な活躍 「傭兵達の挽歌2」 コメント 名前 コメント すべてのコメントを見る
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2537.html
キズナのキセキ ACT1-14「謝ることさえ許されない」 ■ また。 また視界に映るすべてのものが灰色に見える。 わたしの目の前には、大きな鉄の扉。 人間の大人が一人で開けるのも大変そうな、重い扉。 その一番上にランプが赤く光っていて、それだけがわたしの目に色づいて見える。 ランプは文字を表示している。 『手術中』 ……マスターはさっき、この扉の奥へ連れ込まれた。 港の倉庫街での一戦の後。 すぐに救急車が呼ばれた。 大城さんがマスターについて救急車に乗ってくれて、わたしを病院まで一緒に連れて来てくれた。 病院に着いて、お医者様の診察を受け、間をおかずに手術することになった。 当然だった。 救急車の中でうつぶせにされたマスターの、傷ついた背中。そして左手。 わたしが見たって、普通じゃない傷つき方。 救急隊員の人たちが言ってた。 命に関わる、って。 すぐに治療が必要だ、って。 マスターとわたしたちが乗った救急車は、大きな総合病院にやってきた。 到着してすぐ、マスターは準備された手術室に入り、わたしたちは閉め出された。 この分厚い扉の向こう。 マスターが今どんな様子なのか、わたしには知る由もない。 わたしは力なく、そびえ立つ鉄の扉に触れる。 わたしはレッグパーツを装着したままで、左の足首は壊れたまま。 レッグパーツを治してくれる手は……マスターの手は傷ついていて……もしかして、もう治すことはかなわなかも知れない。 「……いや……」 それどころか、この鉄の扉の向こうから、マスターが無事に戻ってこないことだって……あるかも知れない。 だって、命に関わるって、言っていた。 そうしたら、どうなってしまうだろう? わたしはもうマスターの声を聞くことも、あの大好きな笑顔を見ることも出来ないままで。 ただ電池切れの時を待つだけ? それとも誰か他のマスターの神姫になってしまう? あるいはまたお店に戻されてしまう? いずれにしても、もうマスターに会えないのだとしたら。 「……いやです……マスター……」 わたしにとって、マスターは『世界』そのものだった。 マスターがいてくれたから、世界に色が付いた。 マスターがいてくれたから、絆を紡ぐことができた。 マスターがいてくれたから、わたしは……幸せだった。 その幸せを手放さなくてはならない。 不意に、その想像がリアルに胸に迫った。 灰色に染まった視界の影が濃くなったように思える。 心が何かに掴まれて、ぎゅっと握られたように、苦しく、痛い。 マスターがいなくなる。わたしにとって、この上ない恐怖だった。 「いやだあああぁぁ……!」 なぜあのとき、わたしは動かなかったの。 ストラーフの爪を、この身体が裂かれても、止めればよかった。 マグダレーナのミサイルを、脚が砕けても、身を呈して防げばよかった。 そうすれば、マスターが傷つくこともなかったのに! でも、そんな風に思ってももう遅い。マスターは大けがを負い、わたしはこうして不安に泣き叫ぶことしかできないでいる。 ◆ 「なんでこんなことになっちまうんだよ……」 泣き崩れるティアの肩を抱きながら、虎実は悔しげに呟く。 虎実には何も出来なかった。 現場に着いたときには、すべて終わっていたのだ。 虎実が見たのは、遠野がゆっくりと倒れるところだった。 その後、救急車が来るまでの間、半狂乱になったティアを抱きとめていた。 救急車の中で、遠野の胸ポケットにミスティがいることに気付いたのも虎実だった。 ミスティはずっと、電池切れのように眠ったまま動かなかった。ミスティが意識を取り戻したのは、遠野が手術室に入った後のことだ。 虎実は無力感に苛まれる。 ティアもミスティも、一番の友達であり、ライバルだと思っていた。 その友人たちが大ピンチの時に、虎実は何もしてやれなかった。 いま泣き続けるティアの肩を抱いているだけが精一杯。 もう、彼女の涙なんて見たくないというのに。 なんでティアはまた泣かなくてはならないのか。 「なんで、アタシは……こんなに役立たずなんだよ……!」 肝心なときに、いつも、何の役にも立てない。虎実にはそれが泣きたくなるほど悔しかった。 ティアの肩を抱きながら、唇を噛みしめる。 そんな虎実とティアを見て、ミスティもまた無力感に苛まれる。 貴樹の左手のケガは、ミスティに原因がある。 貴樹の胸ポケットにミスティがいなければ、貴樹自身が狙われることもなかったのだ。 親友であるティアにとって、マスターの貴樹がどんなに大切か、どんなに依存しているのか、よく知っている。 だからこそ、自分のせいで貴樹が傷ついたことに、責任を深く感じていた。 しかも、そのケガは、自分のマスターが別の神姫に命じて負わせた……いや、正確には、ミスティを破壊しようと攻撃してきたのだ。 神姫が自らのマスターに命を狙われる。 その事実はあまりにも悲しい。 自らの深い悲しみと重い責任の板挟みになり、ミスティは寄り添うティアと虎実を見ながら立ち尽くす。 「……ナナコ……どうすればいいっていうのよぉ……」 いつも自信たっぷりなミスティの、それは初めて口にした泣き言だった。 ◆ 悲嘆にくれる神姫たちを、大城大介は直視できずにいた。 ティアの泣き声、虎実の呟き、ミスティの嘆き。それらに耳をふさぐこともできず、ただ、手術室前の簡素なソファに腰掛けてうつむき、ただただ、手術が終わるのを待つしかなかった。 あのとき、パトカーを引き連れてきた大城は、予定の時間を大幅に超過していた。 理由は単純で、警察の説得に難儀したのである。 大城は、やんちゃはやめたと嘯いてはいるが、見た目はまったくヤンキーと変わらない。 時間を見計らい、近所の警察署のMMS犯罪担当のところにタレコミに行ったはいいが、逆に裏バトルの主催とのつながりを疑われ、弁明に時間を費やした。 なんとか警察を説得して、パトカーを出してもらったときには、すでに遠野との約束の時間をオーバーしていた。 現地に着くまで、遠野たちが無茶をしていないか心配していた。 心配は的中し、大城の予想を超える事態になっていた。 大急ぎで救急車を呼び、ティアとミスティを回収、遠野について救急車に乗り、病院へ向かう。 茫然自失になっている菜々子も心配ではあったが、そちらは彼女の祖母がいたので、全面的に任せることにした。 彼女たちは警察に連れて行かれたらしい。 病院に着くと、遠野はすぐに救急治療室に運ばれ、そしてすぐさま手術室に移された。 そして今、大城は手術室の前で、まんじりともせずに待っているというわけだった。 あのとき、一体何があったのか。 その場に居合わせた人物たちも神姫たちも、語る状況にない。 だから彼は、自分で見た状況で判断するしかなかった。 大城は大きな疑問を抱いている。 いくらリアルバトルだからといって、遠野が瀕死の重傷を負うなんて、おかしくはないか? バトルロンドは確かに面白くて奥深く、真剣に遊ぶゲームだ。 だが、所詮ゲームなのだ。 なぜそこにマスターの命のやりとりが加わってくるのか。 大城はどうしても納得できない。 (遠野が死んじまったら……俺は菜々子ちゃんを許せないかもしんねぇ……) 最後にはそんなところまで、考えが行き着いてしまう。 大城は暗い瞳のまま、悶々と考えを巡らせ続けていた。 そこに、足音が一つ聞こえてきた。 規則正しい靴音は、迷わず真っ直ぐに、この行き止まりの手術室前へと向かっている。 足音が大城のすぐそばで止まった。 うつむいた大城の視界に黒い革靴が目に入った。ビジネス向けの革靴とスラックスの裾。大人の男と思われるが、今こんなところに現れる人物に心当たりがない。 大城はゆっくりと顔を上げる。 暗い目で無愛想な表情をした大城は、さぞかしおっかない顔をしていたであろう。 しかし、その男性は少し眉をひそめただけだった。 「貴樹の友人にしては珍しいタイプのようだが……君は貴樹の友達かね?」 「……え?……ああ、奴とはマブダチだけどよ……あんたは?」 初対面の相手に随分と失礼な物言いだ。大城の返事も、ついぞんざいな口調になる。 スーツをきっちり着こなした、大人の男だった。年の頃は四○歳を越えているだろうか。ここにいるにはあまりに場違いな人物のように、大城には思えた。 いぶかしげな大城の視線を受け流し、男性は短く答えた。 「父親だ」 その答えに、大城は世にも間抜けな表情を返してしまった。 ◆ 倉庫街のリアルバトルから一晩が明け、昼近くなってようやく解放された。 久住菜々子は茫然自失の状態のままで、取り調べはもっぱら久住頼子が答えていた。 頼子は事件の詳細を適当にでっち上げた。 頼子と菜々子、遠野の三人で倉庫街を歩いていたところを、目出し帽をかぶった人物に襲われた。相手は神姫マスターで、武装神姫をけしかけてきた。 身の危険を感じ、仕方なく応戦した。 結果、神姫たちの被害は甚大、もうだめかと思ったその時、遠野が連絡した友人の大城が、警察を連れて来てくれたのだ。 相手の神姫マスターは泡を食って逃走した。 その神姫マスターに、頼子は面識がない。おそらく、菜々子も遠野も大城もないだろう。 単なる通り魔の神姫だったのだ。 あきらかに適当な作り話だったが、こちらは被害者だという主張を押し通した。 取り調べの刑事たちは当然疑っていた。 朝になって再開された取り調べの際に、頼子は仕方なく切り札を切った。 知り合いの刑事に連絡を入れたのだ。かつてMMSがらみの事件に首を突っ込んだときに、担当だった刑事は本庁のMMS公安勤務だった。 彼は快く身元引受人を引き受けてくれ、すぐに頼子が留置されている所轄の警察署までやってきてくれた。 すると、取り調べていた刑事たちは手のひらを返すような態度となり、頼子と菜々子は早々に釈放されたのだった。 「あんまり無茶言わんでください。こっちも忙しいんですよ」 「でも、これであのときの貸し借りはチャラってことでいいでしょ? たっちゃん」 「……これでチャラなら、お安いご用ですが、ね」 頼子は隣で缶コーヒーをすする、年若い刑事に微笑んだ。 地走達人は苦笑しながら首を振る。彼は警視庁MMS犯罪担当三課所属の刑事で、日々MMS関連の凶悪事件を追っている。 頼子と地走は、とある武装神姫がらみの事件で知り合った。ファーストリーグも二桁ランクの神姫マスターともなれば、事件の一つや二つ、巻き込まれるものである。 その時に頼子と三冬が活躍し、事件を解決した。地走とはその時以来の付き合いである。 「その呼び方をするのは、神姫屋やってる古い友人と、あなたくらいですよ」 「その堅い表情やめるといいわ。そしたら、たっちゃんて呼び名も似合うし、もてるから」 「やめてください」 地走刑事は苦笑した。 出会った頃から、頼子はこんな調子である。にこやかに笑いながら、難局を切り抜けるような女性だった。 その彼女が自分に助けを求めて来るというのは、よほどに差し迫った事態なのだろう。 まさか警察のやっかいになっているとは思わなかったが。 それでも、頼子が道にはずれることをするはずがない。地走にそう信じさせるほど、頼子への信頼は深かった。 だからこそ、彼女の「別のお願い」も素直に聞き届けてしまう。 しかし、一警察官として、堂々と機密情報を漏らすわけにはいかない。 「まあ、これは独り言なんですがね……」 地走刑事はとってつけたような前置きをして、話し出す。 「あの神姫……『狂乱の聖女』を秘密裏に追っかけてる組織があるんですよ」 「組織?」 「ええ。あんまり大手なもんで、そこが動くときには、うちもマークしてるんですが……」 「どこなの?」 「亀丸重工」 さすがの頼子も絶句する。 それは、国内でも屈指の財閥グループの、中心企業の名前だった。 ◆ 夕方。 菜々子は病院にいた。心療内科での診察が終わり、待合室のソファに所在なく座っている。 ここ数日の記憶は曖昧だった。 昨日の夕方、倉庫街でリアルバトルした理由も思い出せない。 はっきり覚えているのは、機械の目だけが露出したのっぺらぼうの神姫をなぜかミスティと思いこんでいたことだけ。 耳元で貴樹が叫んでくれたから、そこは覚えていた。 だが、その後のことはやはりよく覚えていない。 気が付いたときには取調室のドアが開いて、頼子さんが迎えに来てくれた。 そして、自分が今どこにいるかも分からぬまま、病院に連れてこられて、問診を受けていた。 一体、自分はどうしてしまったというのか。この数日、特に昨日の夕方、何があったのか。 ミスティはどうしているだろう? お姉さまは、貴樹は、今どうしているだろうか? チームのみんなや、『ポーラスター』の仲間たちは? 菜々子は漠然とそんなことを考えながら、夕暮れの赤い日差しの中で佇んでいた。 「……菜々子ちゃん、か……?」 野太い声が、菜々子の耳に届いた。 菜々子はゆっくりと声のした方に顔を上げる。 「……大城くん……みんな……」 菜々子はゆっくりと立ち上がる。 菜々子の視線の先で、大城は複雑な表情をしていた。 それから大城の背後には、シスターズの四人と、安藤智也の姿も見えた。 八重樫美緒は花束を抱いている。 誰かのお見舞い、だろうか。 そう思ったとき。 チームメイトの一団から、蓼科涼子が素早く抜け出した。 菜々子に向かって駆けてくる。 前に来た、と思った瞬間、菜々子の身体は衝撃を受けて、床に倒されていた。 右頬に熱い痛みがある。口の中に鉄の味が広がった。 「涼子!?」 「ちょっ……やめろ、蓼科っ!」 緊迫した声。 菜々子は振り向いて見上げる。 まるで鬼のような形相をした涼子を、安藤と大城が両脇から羽交い締めにしている。 菜々子は涼子に殴られた。武道をやっている涼子の打撃だ。一発殴られただけで転ばされるほどの威力があった。 だが、涼子はそれでもまだ納得が行かないようで、転んでいる菜々子にさらに襲いかかろうとして、仲間に押さえられている。 ……なぜ涼子ちゃんは、こんなに怒っているんだろう。 菜々子は漠然と思う。 涼子が辺りもはばからずに大声で怒鳴りつけた。 「あんた……なんてことしてくれたのよ! あの人の手はね! ティアのレッグパーツを作った手なのよ!? 涼姫の装備を作ってくれた手なのよ!? それを……リアルバトルで神姫けしかけて大ケガさせるなんて……腕が動かなくなるかも知れないのよ!? 信じられない!」 涼子の言葉に、菜々子は愕然とする。 思い出した。 あの時何をしたのか。 耳から聞こえる声に導かれて、ストラーフに抜き手を打たせた。 ミスティを破壊するために。 もし、遠野の左手がそれを阻んでいなければ。 ミスティもろとも、彼の心臓まで貫いていたはず。 つまり……自分の神姫と一緒に、愛する人の命さえ奪おうとした! いま初めて認識する事実は、菜々子にはあまりに重く、そして痛い。 うなだれて表情を見せない菜々子に、有紀が追い打ちをかける。 「なんでだよ……遠野さんは恋人だろ?……なのになんで、あんな女のいいなりになって……大事な人を傷つけて……あの女が、そんなに……わたしたちより大事かよ!」 違う。 菜々子は頭の中で否定する。 誰かより誰かの方が大事だなんて、ない。 お姉さまとチームのみんな、どっちが大切かなんて、比べられない。 菜々子にとっては、両方とも大切だった。 だが、それを言葉にできなかった。 いま、菜々子が何を言っても、嘘になってしまうから。 「……憧れてたのに!」 有紀が怒りに悲しみをにじませながら叫ぶ。 「尊敬していたのに……好きだったのに! 神姫を使って、好きな人を傷つけるなんて……最低だっ!」 有紀の言葉一つ一つが菜々子の心に突き刺さる。 有紀も涼子も、菜々子を慕ってくれるチームメイトだった。 菜々子は神姫マスターとしてもっともやってはならないことをしてしまったのだ。 彼女たちが裏切られたと思うのも当然だった。 「ご……ごめ……」 「謝らないで!」 反射的に口をついた謝罪は、涼子の怒声に遮られ、菜々子はびくり、と肩を震わせた。 涼子の声は、地の底から聞こえる呪詛のように響く。 「謝ったって許さない……絶対に許さない!!」 「ーーーーーっ!」 その言葉は菜々子の心を折るのに十分だった。 もう顔を上げることも、声を上げることさえ出来ない。 菜々子は床にはいつくばる以外に何も出来ない。 チームのみんなが、横を通り過ぎていく気配。 誰も声をかける者はいない。 ただ、背中に投げかけられる視線を感じた。 侮蔑、戸惑い、怒り。そうした感情がこもった視線が一瞬、菜々子の背中に突き刺さり、消えた。 足音が遠ざかる。 しかし、菜々子は、足音が消え去った後も、身じろぎ一つ出来なかった。 ◆ 夜の病院の待合室は静謐だった。 最小限の照明で薄暗く、ときどき、職員や見舞い客の気配がする。 昼間の活気は遠く、今は静かで穏やかで少し寒い。 その待合室の奥の隅。 菜々子はいつの間にか、奥まって目立たない位置にあった椅子に座り、身を隠すように背を丸めていた。 うつろな瞳からは、流れた雫の跡が頬へと続いている。 菜々子は思う。 わたしは間違っていたのだろうか。 だとしたら、何が間違っていたのか。 菜々子にとって、何が一番大切かと問われれば、それは「仲間」だった。 武装神姫を共に楽しむ仲間たち。 かつての『七星』、今のチーム・アクセルのメンバー、そして、遠征を続ける中で出会った神姫マスターたち。 菜々子にとって、誰も失いたくない、かけがえのない仲間だった。 その仲間たちの大切さ、仲間とともにいることの楽しさやかけがえのなさは、あおいが教えてくれたことだ。 だからこそ、菜々子は今も、あおいに仲間の輪の中にいてほしいと願う。 だが、仲間たちでそれを理解してくれる人はいない。 今の仲間と桐島あおい、どちらが大切なのか。 その問いを菜々子に投げかけたのは、先ほどの有紀だけではない。 『ポーラスター』の仲間たちにも、幾度となく尋ねられてきた。 その都度、菜々子は答える。 どちらも大切で比べようもない、と。ただ、あおいお姉さまが昔のように一緒にいてくれればいい、と。 それが菜々子の本心だった。 それは、とんでもないわがままだろうか? 途方もない高望みだろうか? そもそも、仲間か憧れの人か、どちらかを選び、片方を切り捨てなければならないものなのだろうか? だが、どちらも切り捨てられずにいるうちに、菜々子はどちらも失うことになってしまった。 どちらも大切にしてきたはずなのに、どうしてお姉さまも今の仲間たちも、そして愛する神姫さえも、わたしの元から去ってしまうのだろう? 愛した人さえも傷つけてしまうのだろう? わからない。 わたしは何か間違っていた? だとしたらどこで間違ったの? 何が間違っていたの? 結論のでない問いがループする。 暗い思考のループは、やがて渦を巻き、菜々子の心を少しずつ飲み込んでゆく。 開かれた瞳は何も見ておらず、光は徐々に失われてゆく。 ……もう、このまま死んでしまえばいい。 そんな言葉が心に浮かび始めた頃。 「……菜々子! こんなところにいたの? 捜したわよ」 聞き慣れた声が近寄ってくる。 頼子さん。ぼやけた意識の中で、祖母の名前を呼ぶ。 頼子は菜々子の隣に腰掛けた。 菜々子は、呟くように、言う。 「頼子さん……わたしは、まちがっていたの……?」 「え?」 「みんな……みんな……たいせつだったのに……わたしからはなれていくよ……」 「菜々子……」 頼子は菜々子の頭に腕を回し、そっと抱き寄せた。 菜々子は力なく、頼子の肩にもたれかかる。 「なんで……? わたしはだれもきずつけたくないのに……みんなでいっしょにいたいだけなのに……なんできずつくの? なんでいなくなってしまうの? いつも、いつも……」 修学旅行から帰った後も、あの暑い夏の公園でも、そして今も。 求め、手に入れたと思っても、菜々子の手から滑り落ちてしまう、かけがえのない宝物。 「菜々子は間違ってなんかいないわ」 その時の頼子の声は、限りなく優しかった。 「わたしは、菜々子を信じている。他の人がどんなに菜々子を責めても、わたしはあなたの味方よ」 「……どうして?」 「家族だから」 頼子は即答した。 菜々子の肩を掴む手に力がこもる。 「あなたはわたしの、たった一人の家族だから。 あなたがいてくれて、今日までどんなに心強かったことか……。 菜々子の両親が……雅人と早苗が亡くなったとき、わたしも悲しくて悲しくて……もう立ち直れないと思った。もう死んでもいいかも、って思ったの。 でもね、あなたがいたから、わたしは死ぬわけにはいかなかった。忘れ形見のこの子を守り、育てなくちゃって。しっかりしなくちゃって、ね。 菜々子がいてくれて、本当に嬉しかった。家族がいてくれて、本当にありがたい、そう思ったの。 だから、助けてくれたあなたを、わたしは決して見捨てたりしない。わたしはずっと、あなたのそばにいるわ」 頼子さんは知らない。 菜々子が、たとえわざとでないにしても、遠野の命を奪おうとしたことを。 それを知っても、頼子は菜々子を許せるだろうか。 でも今は、頼子の温もりが何よりも暖かくて。 「……よりこさん……ありがと……」 菜々子の礼は弱々しかった。 だが、頼子さんの言葉で、暗い思考の渦を止めることは出来た。 菜々子はまた立たなくてはならない。この後、どんなことが待っているとしても、ずっとここで、うずくまっているわけにはいかないのだ。 ほんの少しだけ、気力を取り戻せた。 頼子は優しく微笑むと、不意に立ち上がる。 「それじゃあ、行きましょう」 「……どこへ?」 「あなたを待っている人がいるのよ」 頼子に手を引かれ、菜々子はよろけるように立ち上がった。 思考も身体も、まだぎこちない。縮こまっていたせいか、節々が鈍く痛む。 菜々子はふらつきながら、頼子の後を追う。 エレベーターに乗り、長い廊下を歩いていくと、個室の病棟に入った。 扉のいくつかを通り過ぎ、たどりついた個室。 代わり映えのしない扉の前で、菜々子は立ちすくんだ。 さっき、頼子さんが言っていたことは、嘘だ。 味方なんかじゃない。 なぜ、いま、この時に、わたしをここに連れてくるの。 菜々子は恐怖に身をすくませ、顔を凍り付かせた。 扉の横、患者の名前の表札。 『遠野 貴樹』 と書かれていた。 次へ> Topに戻る>
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2181.html
ウサギのナミダ ACT 1-34 ■ 「……不器用な人、かな」 わたしの答えに、三人とも、「え~?」と不満の声を上げた。 「不器用なマスターじゃ、メンテナンスも満足にしてもらえないんじゃない?」 「あ、そうじゃなくて……手先は器用なの」 一四番さんの言葉に、わたしは説明する。 「手先じゃなくて……こう、気持ちとか、感情を外に出すのが苦手な人なの。 でも、本当は、とても優しくて……」 わたしは内心驚いている。 自分の説明がなぜかやたらと具体的だったから。 「いつも仏頂面だったり、怖い顔だったりするけど、笑顔が素敵で。 好きな女の子の前では、照れ屋さんで。 口に出しては言わないけど、わたしのことを一番に考えてくれていて。 わたしをいつもまっすぐに見てくれる……」 三人とも、わたしの言葉を真剣に聞いてくれてる。 わたしの頭の中で、一人の男性の姿が浮かび上がろうとしている。 「その、人の、名前、は……」 とおの たかき。 どうして。 どうしてこんな大切なことを忘れていたの。 世界で一番大切なマスターのことを……! わたしはすべて、はっきりと思い出していた。まるで、メモリにちゃんとアクセスできるようになったかのようにクリアに。 そう、マスターの元でわたしは、わたしは……。 「ね、ねぇ、どうしたの? どこか痛いの? 気分悪い?」 三六番ちゃんが、わたしに近寄ってきて、背中をさすってくれる。 わたしはうつむいて泣き出していた。 それは贖罪の涙だった。 本当は、この三人の前に現れる資格なんてなかった。 それに気がついてしまった。 「ご、ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさ……」 謝っても、わたしは許されないと思う。 それでも謝る以外にできることなんてなかった。 「どうしたの? どうしてあやまってるの?」 三六番ちゃんの心配そうな声。 ごめんなさい。わたし、あなたにそんな風に優しい言葉をかけてもらう資格なんてないの。 七番姉さんも、一四番さんも側に来てくれた。 二人も心配そうな顔をして。 「どうしたの? 二三番」 七番姉さんの優しい声に、わたしは告白する。 「わたしっ……お店の外に連れ出されて……そのあと、幸せだったのっ……。 ……マスターに、出会ったの……。 マスターは……わたしを、風俗の神姫と知っても……受け入れてくれた……」 涙が止まらない。 胸が痛い。 こんなに耐えられない痛みは何度目だろう。 でも、それを堪えて、言わなくてはならない。 きっとそのために、ここにいると思うから。 「……幸せだったの……みんなが、みんなが辛い思いしているときにっ! わたし、ひとりで幸せだったのっ…… みんなを助けようなんて、考えることもなく……ひとりだけ…… 裏切り者なの……あたしは…… みんなに、合わせる顔なんて……あるはずない……!」 ずっと、こんなに幸せでいいのかと思っていた。 本当は、わたしだけじゃなくて、お店の神姫がみんな幸せにならなくちゃいけないと、ずっと思っていた。 わたしだけ幸せでいていいなんて、虫のいい話。 そんなこと、あっていいはずがなかった。 だって、お店の神姫は、わたしと同じくらい、あるいはそれ以上に、ひどいことされて、辛い思いをしてきたのだから。 だったら、みんなが幸せにならなくちゃ……。 「裏切り者なんて、思ってないよ?」 三六番ちゃんの声に、わたしは顔を上げる。 涙にかすむ彼女は、小首を傾げて、いっそ不思議そうな表情。 「それどころか、感謝してるのに」 「な……なんで……?」 「だって……そのマスターなんでしょう? お店をなくしてしまったのは」 「え……!」 なんで、そんなことを知っているの。 驚いているわたしに、七番姉さんが言った。 「わたしたちは、わかっていたわ。 あなたがいなくなって……お客さんに連れ去られて、しばらくして、お店が警察の取り締まりを受けた。 だったら、きっとあなたが、外で誰かと出会い、お店がなくなるように頑張ってくれたんだって、そう思ってた」 七番姉さんは、髪を掻き揚げた。 「……まさか、全国の神姫風俗が取り締まられるとは、思わなかったけれど」 それは、マスターがしたこと。 マスターがわたしのために、戦ってくれたから。 刑事さんが、お店の神姫は、別のマスターに引き取られると聞いて、わたしは安心してしまっていた。 自分の罪から目を逸らすように。 「わ、わたしは……ゆるして、もらえるの……?」 「許すなんて……最初から恨んじゃいないよ」 一四番さんの微笑みは、とても優しかった。 「それどころか……あんたはわたしたちの希望さ」 「きぼ……う……?」 「そうさ。 あんたは、風俗の神姫のままでも受け入れてくれる、素敵なマスターに出会えたんだろ? だったら、あたしたちだって、きっと素敵なマスターに出会える。そう信じられる。 きっと、ここから出ていった連中だって、幸せになってるって、信じられるんだ」 一四番さんは、わたしをまっすぐに見て、言う。 真剣な表情。 「それだけじゃない。 今も、神姫風俗にいて、苦しんでいる神姫はたくさんいる。 その神姫たちが、あんたのことを知ったら? 希望が持てる。 風俗の神姫でも優しく迎えてくれる人が、現れるかも知れない、って。 限りなくゼロに近い可能性かも知れない。 でも、ゼロじゃない。ゼロじゃないんだよ。 ……あんたがいるから! あんたが、すばらしいマスターと出会えたことが、その証拠なんだよ!」 そんなこと。 でも、マスターと共にいることを、みんなが許してくれるのなら。 こんなに嬉しいことはない……けれど……。 「わたし……マスターと一緒にいてもいいの……? ……幸せでいいの……?」 わたしの両の瞳からは、いまだに大きなしずくがこぼれていく。 そんなわたしに、三六番ちゃんは、にっこりと笑いかけてくれた。 「もちろんだよ。あなたが幸せでいてくれなくちゃダメだよ」 彼女は少し寂しさに笑顔を少し曇らせる。 「わたしたちは……これから、記憶を消されるから……次に会ったとき、あなたのこと、覚えてないかも知れない。 でも、きっとわかるよ。 あなたがわたしたちにとって、特別な神姫だってこと。 きっとあなたのこと、応援するから……だから……」 三六番ちゃんは、まっすぐにわたしを見て、花開くような笑顔で言った。 「幸せになって」 わたしは。 涙を止めることができなかった。 嬉しくて、嬉しくて。 かつての仲間たちは、わたしのことを認めてくれないと思っていた。 恨まれていると思っていた。 でも、みんな、わたしのこと……わたしのマスターのことを認めてくれている。 この気持ちを、はっきりと伝えなくてはいけなかった。 声を出すのが難しかったけれど。 絞り出すように、言った。 「あり……が……とう……」 そのとき。 聞こえた。 今度こそ、はっきりと。 マスターが、わたしを呼んでいる! 「ごめんね、みんな……わたし……帰らなくちゃ……マスターのところに……」 マスターだけじゃない。 仲間たちの呼び声も、わたしの耳に届いてきた。 帰ってこい、と。 「帰って……戦わなくちゃ……マスターと一緒に……」 それが、今のわたし、だから。 涙を拭う。 もう泣きたい気持ちは、どこかへ飛んでいた。 決然とした気持ちだけが、胸にある。 戦う。マスターと共にあるために。 身につけていたワンピースが弾け飛ぶ。 いつものバニーガールの姿に戻っていた。 すると。 わたしの背後に、光の穴が出現した。 「ゲートよ。ここを通って、あなたの、元の場所に戻れるわ」 七番姉さんが教えてくれる。 わたしは頷いて、三人を見た。 未練は、ある。立ち去りがたく思う。 だけど、三人ともみんな微笑んでくれている。 不意に、三六番ちゃんが尋ねてきた。 「ねえ……名前を教えて?」 「え?」 「マスターがくれた、あなたの、本当の名前」 本当の名前。 そう、この名こそが。 わたしが今、マスターの神姫であることの証……。 「わたしの名前は……ティア」 いま、わかった。 この名こそ神姫の誇り。 武装神姫は皆、その誇りを守るために、戦っている……! 「ティア……」 三人の仲間は、わたしをまっすぐに見て、その名を呼んだ。 そして、ガッツポーズを取ると、声を合わせた。 「がんばって!!」 明るい笑顔で激励をくれた。 わたしも微笑んで、頷いた。 わたしの身体が輝き出す。 光の粒子になって、ゲートに吸い込まれていく。 三人の姿が白い光でかすんでいく。 「みんなも……みんなも、必ず……!」 必ず会えるから。 素敵なマスターに、必ず出会えるから、だから。 みんなも、幸せになって。 すべて言う前に、視界は光に包まれて真っ白に染まった。 伝わったと思う。 そう信じて。 わたしの意識は超高速で電脳空間を駆け抜ける。 帰る。 マスターの元へ。 わたしを『ティア』と呼んでくれる仲間たちの元へ。 そこがわたしの居場所だから。 □ 「ティアアアアアアアアァァァァーーッ!!」 瞬間、時が凍った。 ■ 感覚が戻ってきた刹那。 わたしの耳に届いたのは、一番大切な人の絶叫だった。 目の前にいるのはクロコダイル。 ハンマーを構えている。 現状を認識するよりも早く、身体が勝手に動き始める。 ……これが、雪華さんの言っていた、無意識の機動だろうか。 膝を曲げ、身体を前屈みに折り、右脚を後ろにスライドさせる。 クロコダイルの一撃が、わたしの頭上をすり抜ける。 右のうさ耳がちぎれ飛んだ。 わたしはホイールを急速回転させる。 その場で高速ターン。 身を屈めたままの体勢から、回転しながら身体を上げる。 クロコダイルは、ハンマーを振り抜いたところ。 わたしは、勢いのついた右脚で、クロコダイルの背中を蹴り飛ばした。 重いハンマーを振り、勢いのついていたクロコダイルの身体は、わたしの蹴りで加速され、ものすごい勢いで吹き飛んだ。 塔の中を、大きな激突音が響きわたる。 □ その瞬間、ゲーセンのバトルロンドコーナーは、確かに時間が止まっていた。 筐体の向こうの井山は、目を輝かせた笑い顔のまま静止していた。 ギャラリーは大型ディスプレイを見上げ、目を見開いたまま、あるいは顔を両手で隠したりして、止まっている。 隣にいる久住さんも大城も、俺の背後の少女四人組も動く気配はない。 何より俺が、身動きできずにいた。 その場を一瞬の沈黙が支配している。 時間の動きを示すのは。 ティアの頬を伝う、ひとしずくの涙。 ティアの頭は無事だ。 静寂の中、立ち尽くしている。 いつのまにか、右のうさ耳がちぎれている。 沈黙を破ったのは、クロコダイルだった。 『がああああぁぁっ!!』 土煙の中から、這いつくばっていた上半身を持ち上げている。 口から吐瀉物をまき散らしながら、叫んだ。 『なぜだっ! なぜ戻ってきた!?』 ティアは静かに答えた。 『……声が、聞こえたから』 ■ 「声が聞こえたから。 マスターが、わたしを呼んでくれる声が。 仲間が、わたしを呼んでくれる声が。 だから、わたしは戻ってこられたんです」 心は穏やかだった。 クロコダイルの声を聞いても。 視線の先にいるその姿を見ても。 今は怖いと思わない。 「ありえない! そんなもの、聞こえるものか!!」 「……あなたには分からない」 「なに……!?」 「お互いを大切に思う気持ち……絆があるから……聞こえたんです」 クロコダイルは、これ以上ない憤怒の形相でわたしを見た。 「絆だと……!? えらそうに、汚れた風俗の神姫風情が……!!」 「っ……!!」 瞬間、わたしは睨み返していた。 許さない。 風俗の神姫だからって、貶められる理由は何もない。 だって、わたしたちだって、幸せを求める気持ちは同じだから。 かつての仲間を、今も苦しんでいる仲間たちを、侮辱するのは許さない。 「そんな言葉……わたしは、もう、恐れません!!」 そう。 もうわたしは、自分の過去を恐れない。 いいえ、本当は、はじめから恐れることなんてなかった。 いま、確かなものが、わたしの中にあるから。 わたしは、小さいけれど、ただ一つの確かなものを、胸の前で握りしめる。 「だって、誇りがあるから……」 それは名前。 誰よりも大切な人がくれた、その名前こそ、わたしがわたしである証。 「わたしの名前は、ティア」 そして誇る。 「遠野貴樹の、武装神姫だから!!」 ◆ 歓声が爆発した。 ギャラリーしている人間も神姫も。 誰もが声を上げずにはいられなかった。 「届いた、届いたよ!」 美緒は、三人の仲間たちに抱きしめられる。 みんな喜びに声を上げている。 怖かった。届かないかも知れない、と思った。 でも届いた。 ティアが聞こえたと言ってくれたのだ。 仲間たちと抱き合いながら、美緒は安心と喜びで泣きじゃくる。 □ 「やったぜ……奇跡が起きたぜ、おい!!」 大城が俺の頭を掴んで揺さぶっている。 「帰ってきた……あなたの声、届いたわ、遠野くん!」 久住さんは俺の右腕を掴んできた。 二人の感触が、呆けていた俺を、現実に立ち返らせる。 周囲は歓声が響き、うるさいほどだ。 俺はまだ、ショックの抜けていない気持ちのまま、ヘッドセットをつまんだ。 「……ティア……?」 『はい、マスター』 いとも簡単に返ってくる返事。 その声が、俺の心に深く染み込んでくる。 言いたいことがたくさんあった。 聞きたいこともたくさんあった。 どこへ行っていたのか、誰かと会ったのか、どうしていたのか、俺の声は本当に届いていたのか、身体は大丈夫なのか、心は無事なのか…… だが、頭を一瞬で駆けめぐった言葉は、一言に集約された。 「……走れるか?」 『はい』 力強く。 ティアは何か吹っ切れたように、はっきりとした返事を返してくる。 「……俺なんかの……指示でも……走れるのか?」 『……俺なんか、っていうの、禁止です』 ティアに叱られた。 弱気になっているのは、俺の方か。 そして、続く言葉。 『マスターと一緒に戦えること、わたしの誇りです。 世界の誰よりも、マスターを信じています』 その言葉が俺の心を鷲掴みにした。 溢れ出したのは、闘志。 そう、今はまだ、バトルの真っ最中だ。 勝つ。 ティアのために、俺のために。 助けてくれた久住さんとミスティ、待っていてくれる大城と虎実。 手伝ってくれた四人の女の子たち、それから、海藤とアクア、高村と雪華、日暮店長と地走刑事……俺たちの仲間のために。 そして、井山との因縁を断ち切るために。 「ティア、お前がそう言ってくれるのなら……一緒に戦おう……勝ちに行くぞ!」 『はい、マスター!』 俺は立ち上がり、井山を睨む。 奴は顔を引きつらせていた。 いまや奴のアドバンテージなどないに等しい。 それどころか、ほぼ完全な勝利が手から滑り落ちていったのだ。 井山の顔からは、一切の余裕が消え失せていた 「行くぞ……井山……」 俺は、左手で、井山をまっすぐ指さした。 そこで初めて、手のひらに爪が食い込んで傷になっていることに気がついた。 俺は意に介さず、井山に言葉をぶつける。 「ここからが……本当の戦いだ!!」 次へ> トップページに戻る
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1801.html
鋼の心 ~Eisen Herz~ 登場神姫の武装紹介 アイゼン #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (Eisen01.JPG) 【ファルクラム】(fulcrum) アイゼンの標準装備。 ストラーフの各種装備を中心とした、オーソドックスな重量級神姫。 主兵装は2門の【FB256 1.2mm滑腔砲】で、弾種は【徹甲弾】【榴弾】【散弾】の三種を撃ち分けられる(弾薬選択はセレクターではなく、マガジン交換によって行う)。 副兵装は同じくフォートブラッグの【M16A1アサルトライフル】で、主砲リロード中の牽制や対空砲火として使用する他、軽装甲高機動の神姫相手ならば主力としても使用する。 補助兵装として使用するハンドガンも、やはりフォートブラッグの【FB0.9V アルファ・ピストル】で、『ハンドガンの利点は携帯性』と言う観点から小型拳銃として選ばれたもの。 近接武装としては【アングルブレード】【フルストゥ・グフロートゥ】【フルストゥ・クレイン】を二本ずつ備えており、多角的で手数と威力を両立させた攻撃が得意。 ただし、めんどくさくなると装甲に任せての力技に持ち込むので、目が離せないのだとか……。 これらの各種近接武装は、通常時【アングルブレード】をチーグルの内側に、【フルストゥ・グフロートゥ】【フルストゥ・クレイン】は背中に装備している。 特に背中の、【フルストゥ・グフロートゥ/クレイン】は放熱板としても機能しており、緊急放熱時には重なっている部分が展開し、あたかも2対の翼を持つ悪魔のように見えるとか……。 なお、脚部のタンクは増槽であり、追加の燃料が入っている。 外部に剥き出しではあるが、混合前の原液である為、被弾による爆発の心配は無いらしい。 もちろん、使った後は投棄し、機体を軽量化できる。 設計思想としては、腕部の重量を増大させることによりカウンターウェイトとしての効果を狙い、ストラーフの長所であるパワーで短所である機動性の低さ補った形の武装になる。 重量のある腕を振り回す事で反動を得、瞬間的にではあるがストラーフの域を超えた回避力を発揮することが可能。 更に、切り札として。収納状態の【FB256 1.2mm滑腔砲】を、反動抑制をカットした状態で発砲し、反動で拳の速度と威力を爆発的に増加させた“必殺技”とでも言うべき攻撃法、『ブーストアーム』を持つ。 ただし、空ぶった場合はチーグルの肘間接に反動が全て集中するため、おそらくは間接部の破壊により使用不能になると推測される。 #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (Eisen02.JPG) 【バックファイア】(Backfire) アイゼンの砲戦装備。 第二話において、フェータと戦うために一晩で組み上げた砲戦装備。第七話でも使用しているが、基本的には緊急時用の予備武装。 主兵装は【ファルクラム】と同様に【FB256 1.2mm滑腔砲】で、副兵装に【M16A1アサルトライフル】、補助兵装に【FB0.9V アルファ・ピストル】を装備しているのも同じ。 【ファルクラム】の格闘能力をオミットした簡易設計に過ぎないが、【FB256 1.2mm滑腔砲】がバックパックに直接装備される形状となったため、弾種選択がセレクターで行えるようになっている。 これは、バックパック内部からの給弾で【徹甲弾】、砲に装填されたマガジンから【榴弾】を薬室に送り込むことで弾種を使い分ける仕様。 ちなみにこの装備では【散弾】は使用不能(微妙に弾の長さが違う為)。 また、バックパックからの直接給弾である為、装弾数が倍近くまで増加しているのも利点の一つ。 もちろん、事前に必要があると分かれば、【徹甲弾】と【榴弾】を入れ替えて装備することも可能。 とは言え、地味に命中精度が上がっているのが、実は一番のメリットだったりもするが……。 【フランカー】(Flanker) 対四姉妹(土方京子の神姫)用に開発されたアイゼンの切り札。 アサルトフォーム、フライトフォーム、ライダーフォームの三形態に変形し、強力な【レイブレード】と【斥力場シールド】を武器とする。 元々、四姉妹に対抗する為に四姉妹の持つ能力を再現する方針で作られたデッドコピーであり、個々の性能は四姉妹には及ばない。 また、【斥力場シールド】を持つとは言え、装甲自体の防御力は【ファルクラム】等と比べると明らかに見劣りし、パワーそのものもかなり低下している。 そのため、アイゼンの得意とする戦法とは合わず、100%のポテンシャルを引き出せるとは言いがたい。 それを補って尚余りあるのが、リーナの開発した超高出力のエンジン【メルクリウス】であり、これをパワープラントとする事で各種機能の強化や追加機能を使用し基本性能を補う事になる。 【レイブレード】 武装に割く余裕の少ない【フランカー】にとって、飛び道具は装備し辛い部分が多く、元より飛び道具の効かないカトレアを相手に戦うことも想定されていた為主兵装として抜擢された武装。 奇しくもカトレアと同じ武器であるが、製作者の技術レベルの差異がその性能の差として顕著に現れている。 結果として稼働時間も威力もカトレアの【レイブレード】には遠く及ばず、2刀を持ってしても太刀打ちできなかった。 【ハイパー・レイブレード】 主兵装である【レイブレード】をエンジンユニット【メルクリウス】に直結させる事で、強力な出力と実質無制限となる持続性を獲得させた形態。 威力はカトレアの【レイブレード】に勝るとも劣らず、非常に強力。 ただし、エンジンユニットごと振り回すために重く、攻撃速度はどうしても遅くなる。 リーチは非常に長い為、剣と言うよりもむしろ槍として運用される。 【フェルミオン・ブレイカー】 基本的に重火器を有さない【フランカー】の追加装備。 速射可能で威力と効果範囲も凄まじい陽電子砲だが、弾薬と砲身が一体化した砲撃ユニットが使い捨てである。 その為、一度の出撃で最大2発までしか使用できず、使用時は【メルクリウス】と直結させねばならない為、一部の機能とは併用できない。 しかし、それでも威力はブーゲンビリアの【ユピテルレーザーシステム】の“class1”程度でしかなく、“class3”、まで存在する【ユピテル】に比せる性能では無い。 その上、使用コストが膨大であり、一発辺り500円もする。 これは、高校生がゲーセン(神姫センター)で使うには高すぎる金額だと言えよう。 尚、【フェルミオン・ブレイカー】を有している【フランカー】を【ストライク・フランカー】と呼称する。 【カロッテP12】 機動性の高い【フランカー】運用時には、【ファルクラム】使用時の【FB0.9V アルファ・ピストル】では命中率が不足する事から、新たに補助兵装として選定されたもの。 これ自体には特に改造は施されていないものの、基本性能の高さとレーザーサイトによる命中率の補強は充分実用に耐えられる。 銃器に関し『Vulcan Lab』社がトップクラスである事の証左。 【メルクリウス】 多機能を誇る【フランカー】の中枢であり、最重要部位でもあるエンジンユニット。 開発をリーナ・ベルウッドが担当しており、同クラスの神姫のパワープラントとしては最先端クラスの性能を誇る。 この超高出力エンジンこそが【フランカー】の全戦闘力を支えると言っても過言ではない。 【斥力場シールド】 装甲の薄い【フランカー】を補う為のバリアシステム。 メインジェネレーターである【メルクリウス】に合計8器が内蔵されており、同時に8枚の斥力場フィールドを形成することが可能。 8枚を全面に展開しフルバリア(全周囲防御)として使用する事も、一方向に集中して鉄壁の盾として使用する事も可能。 当然ながら集中防御の方が強度は高い。 防御力の方はモデルであるカトレアの【イージスの盾】に比してかなり劣っており、集中防御でようやく対等である。 もちろんその状態で全周囲防御を実現しているカトレアの方が遥かに性能は高い。 【フライトフォーム】 機動性を極限まで向上させた形態。 戦闘モードであるアサルトフォームよりも機動性に勝り、高い回避力を誇る反面、装甲は薄く防御力は激減している。 この形態でも【斥力場シールド】は使用できるが、使用中は機動性が極度に低下する為通常はOFFになっている。 基本的に上に乗るか、下にぶら下がって使用する為、戦法としての自由度は高く、補助AIによる自律行動可能な為、ある種の【ぷちマスィーンズ】であるとも言える。 【ライダーフォーム】 移動力に特化した【フランカー】の一形態。 基本的な構成は【フライトフォーム】と大差ないが、飛行能力を捨てている分、最大速度が向上している。 構成が同一である以上、この状態でも【斥力場シールド】は使用可能。 もちろん、使用時には最大速度が低下する。 尚、上記の【フライトフォーム】と、この【ライダーフォーム】において、敵に向かって加速した後【斥力場シールド】を展開し、突進する攻撃をアイゼン自身が考案しており、纏めて【シールド突撃】と称する。 【アクセルモード】 反応速度の鈍いアイゼンの限界を補う為の補助装備。 思考速度を極限まで加速させると同時に、身体機能のリミッターを解除する諸刃の剣。 使用する事で身体、AI双方にダメージが蓄積される為、長時間使用も連続使用も不可能。 ただし、高速戦闘に不向きなアイゼンがそれを行う為には必須の装備であり、使用せざるを得ない局面は極めて多い。 アイゼン曰く、「使用中は頭痛がする」との事。 因みに、アイゼンの場合、反応速度はこれを使用してようやくカトレアと同等。 このシステム自体にも限界がある為、元々反応速度の高い神姫には余り効果が無い。 フェータ 【ファルクロス】 フェータの標準装備。 ノーマルのアーンヴァルから一部の装甲をオミットし、軽量化したもの。 武装が刀一本と言う事もあり非常に軽量で、エクステンドブースター無しでそれに匹敵しうる最大速度をもつ。 更に、全備重量の軽さから、回避、加速などの挙動が軽快であり、機動性は極めて高い。 反面、装甲は非常に脆弱で、防御力は全く期待できない上、武装が限定されている為、リスクの高い近接戦闘を余儀なくされるという尖った構成。 ただし、フェータ自身の技量と機体特性の適合性は高く、高速且つ必殺の威力を持つ抜刀(居合い抜き)を可能としており、限定的とは言え、戦闘力は非常に高い。 なお【ファルクロス】とは、【ネストランザ】が開発された後に、【ネストランザ】との区別のために命名された呼称。 【ネストランザ】 島田祐一により作成された、アーンヴァル用の強化ウイングユニット。 出力が強化されたメインスラスターと、各種バーニアを装備しており、巡航能力、機動性の双方で高い性能を発揮する。 主翼は可変翼を採用しており、根元から角度を変えて機動性を更に強化する他、エアブレーキとしての機能も併せ持つ。 重量の増加により挙動の一部が重くなるので、それを相殺する為にバーニアを使用した細かな姿勢制御が必須であり、飛行タイプの神姫以外にはやや扱いが困難という欠点もある。 更に、相変わらず装甲は薄く、不意の被弾が致命傷になりかねないという弱点は残ったまま。 【フリッサー】 本来は【ストライクフランカー】用の防御装備であったが、仕様の変更により【ネストランザ】と併用するように調整されたもの。 基部に装備されたエネルギーパック(通称マテリアル)を使用して高出力の電磁衝撃波を発生させる。 原理的には電磁波と衝撃波を同時に放出するだけの単純な機構だが、高度な制御プログラムの支配下において様々な効果を発揮する多目的兵装となっている。 衝撃波をそのまま放射する事もできるが、射程距離は1m。有効射程ならば30cm程度と射程距離は極めて短く、飛び道具としては扱い辛いものの、その特性上単純な装甲厚では防御できず、同時に放出される電磁波により一時的な機能不全も起こり得る。 これによって齎される機能不全は、平均的な神姫で1秒程度、電子戦に優れた神姫であっても0.5秒程度の麻痺効果。 更に、この衝撃波には銃弾やレーザー、荷電粒子などを吹き散らす効果もあり、防御兵装としてフェータの防御を一手に担っている。 また、【フリッサー】は直接接触時にも使用可能で、【刀】を振動させる事により高周波ブレードとしての機能を付与し、切断力を向上させる他、相手の身体を直接掴んで発動させる事で気絶状態にさせる事も可能。 尚、【フリッサー】の弾数はかなり特殊で、装備されている3器のマテリアルは開放する事でそれぞれ、凡そ5回の【フリッサー】起動を可能とするが、解放後は時間経過に応じてエネルギーを放出してしまう為、15回全部使える状況は殆ど無い。その為、使用回数は3~12回前後と安定せず、運用には注意が必要となる。 【為虎添翼(イコテンヨク)】 フェータ愛用の刀。 特別な加工は特に無く、店売りの量産品である。 フェータの真の強さは特別な武器を必要とせず、何処にでも在り(場合によっては敵が持っている事もある)、簡単に購入できるこの剣で十全の力を発揮できる事にあるのかもしれない。 尚、作中で一度ストレリチアに折られている為、大会の前後で違うものを使用している。 大会前の刀は【ハラキリ丸】、大会以後の刀を【クビキリブレード】と呼ぶらしいが、美空がそう主張しているだけで、フェータ本人はそれを否定しているとか…。 レライナ 【レティナラティス】 高速戦闘型のサイフォス、レライナの通常装備。 サイフォスにしては軽装で、防御力は平均的な神姫と同レベルでしかない。 ただし、レライナの武器は神速を誇るダッシュであり、そもそもレライナをまともに狙うことそのものがまず困難である事を考えれば必要充分な防御力だと言える。 主兵装は通常のサイフォス同様【コルヌ】を使用する。 この【コルヌ】は通常のものと何ら変わらない性能であり、特別性は無い。 また、サイフォスとしては低い装甲防御力を補う為に小型のシールドが装備されているが、こちらは非常に頑強で、ガードしてしまえば殆どの攻撃は無効化できる。 【ペタルプレート】 レライナの機動性を向上させる為の追加装備。 外見はジルダリアの【フローラルリング】そのものであるが、むしろ幾つかの機能がオミットされた簡易品である。 そもそも、圧倒的な瞬発力を持つレライナにとって、機動性を代替する装備はむしろ速度の低下にしかならない。 そこで、設計者であるリーナ・ベルウッドは、ダッシュ(超低空跳躍)中のレライナを強制的に着地させ、即座に別方向へのダッシュを可能とする装備を模索した結果が【フローラルリング】であったと言う事になる。 その為に機動ユニットとしての継続的な使用は念頭に入っておらず、浮遊か瞬間的な加速(もちろん加速といってもレライナのダッシュには及ばない為、基本的にダッシュ中のレライナを強引に着地させるためにだけ使用される)しか出来ないが、これを駆使することでレライナは圧倒的な機動力を発揮し、瞬時に相手の背後へ回りこむ事すら可能としている。 ただし、レライナのダッシュは大量の電力を消耗する為、活動時間が制限されると言う欠点があり、この【ペタルプレート】を装備することによってそのリミットは更に短くなってしまう。 【追加バッテリー】 レライナの腰の右に付いている外部電源BOX。 圧倒的な戦闘力を誇るレライナ唯一の弱点である継戦能力を補う為に装備された追加バッテリー。 もちろん、これで完全にバッテリー不足が解消される訳ではないが、戦闘時間はそれなりの向上を得ている。 セタ 【ツインピレム】 砲撃戦を主体とするハウリン、セタの標準装備。 主兵装は2門の【吠莱壱式】と【ホーンスナイパーライフル】で、狙撃と曲射砲による間接攻撃が主な戦闘スタイル。 中でも【吠莱壱式】を曲射砲として使用する高精度砲撃は、魔弾と称されるほどの精度を誇る。 セタもまた、ハウリンの例に漏れず【ぷちマスィーンズ】を装備しているが、彼女の装備する【ぷちマスィーンズ】は攻撃能力を完全に廃した代わりに、通信及び索敵性能を大幅に強化されている完全な偵察ユニット。 これを利用して、遥か遠方の標的を目視せずに砲撃することが可能。 また、近接戦闘用の装備として【ハグタンド・アーミーブレード】2本を【吠莱壱式】の内側に仕込んでいる。 作中では、フェータを相手にまるで歯が立たなかったが、砲撃装備を廃したセタはそれなりの格闘戦能力を有する。 【ビビアニト=178式センサーイヤー】 デルタ、セタに装備される音響索敵装置。 音を聞く事で周囲の状況を把握するパッシブソナーとしての機能の他、アクティブソナーとしても使用可能。 パッシブ時には静音状態であれば神姫の稼動音すら識別可能な精度を誇り、直接視界の通らない壁向こうや、完全な暗闇状態での策敵も容易にこなす。 神姫はその本来の静粛性から、たとえ隠密タイプとは言え静音性にまで手を加えているものは少ない為、非常に有効な索敵手段として機能する。 更に、アクティブ時には自ら発した超音波の反響で索敵を行う。 反響索敵においては、物体に当たり、跳ね返ってくる音波を拾う事で周囲を把握する為、形さえあれば音が無かろうと透明だろうと探知できる。 ただし、この場合は壁向こうなどの索敵は不可能であり、探知距離も短くなってしまう。 尚、ソナーとは本来こういった反響索敵を意味する単語。 【魔弾=タスラム】 超長距離、視界外への精密砲撃。【ぷちマスィーンズ】による視界外、遠距離での着弾観測を使用し、射線の通らない目標への攻撃を可能としている。 弧を描いて飛来する砲弾は、途中に岩や森、壁などの障害物があっても、その上を通過して目標を正確に捕捉することが可能。 使用する砲弾が着弾地点の周囲に爆炎を撒き散らす【榴弾】である事に加え、発射角と使用する炸薬の量を調節することで、複数の箇所へ行った砲撃が、その着弾時刻をまったく同じになるように調節することも可能。 敵からしてみれば、数体の砲撃機に集中攻撃を受けているようなものであり、生半可な機動性では脱出は難しい。 【魔弾=ザミエル】 中距離、視界内での誘導砲撃。 弾速が遅い、という欠点を持つ【吠莱壱式】榴弾仕様の特性を逆手に取った攻撃で、先行して発射した【吠莱壱式】の弾頭を、後発の【ホーンスナイパーライフル】の高速弾で狙撃し、その弾道を変更すると言うもの。 精密砲撃を駆使するセタは、自身の放った砲弾の弾道を正確に把握している為に、それを自ら狙い打つのは決して不可能なことではない。 弾道を自在に変えられる為に、敵の予期しない方向からの攻撃はもちろん、回避する敵を砲弾で追いかける一種のホーミングすらも可能としている。 ただし弾道の操作中は、セタ自身一切の移動はおろか防御行動すら出来ない程に集中力を要するために、完全な無防備状態となってしまう。 デルタ 【トリプルダガー】 デルタシステムの標準モデル。 親機であるデルタ1と、子機であるデルタ2、3で構成される戦闘ユニット。 量子力学に基づく共有意識を有する構成であり、相互の交信には一切のタイムラグが無く、距離制限も存在しない。 もちろんあらゆる妨害も通用せず、理論上この交信を妨げることは不可能とされる。 このシステムは、テレパシー(ESP)と呼ばれる物を量子力学で再現したものであり、簡単に言えば一つの意識に3つの身体が与えられているようなものである。 このため連携は非常に高レベルであり、個々の性能の低さをそれで補う事で高い戦闘力を発揮する。 【自爆システム】 デルタシステムの特性を活かした非常に強力な攻撃。 高度な自律思考を行い、自ら組み付いてくる爆弾がどれ程効果的かはあえて語るまでも無いが、自分自身である子機を自爆させるため、本来はデルタ本体にも高い精神的ストレスが与えられるとされる。 それを防ぐ為、デルタには『痛覚』及び『感覚』が除去されており、自らの自爆に一切の躊躇を持たないようにされている。 神姫としては非常に歪んだ存在だが、本人は余り気にしてないらしい。 大会以後、専用の爆薬を内蔵するようになり、破壊力は更に向上したが、レギュレーションには完全に違反している為、厳密にはイリーガルとも呼べる存在(大会では【トリプルダガー】は使用しておらず、審査にはかけられていない)。 【ロンクロイム=速射砲】 デルタの標準装備となる速射砲。 フォートブラッグの標準装備である【FB256 1.2mm滑腔砲】をベースに連射性と携帯性を向上させた武器。 火力の高さは【FB256 1.2mm滑腔砲】譲りであり、構造も単純で信頼性も非常に高い。 ベースに比べ、遠距離での命中精度に難が有るが、中距離以内では連射性の向上と取り回しの良さを活かした制圧射撃が可能。 対地、対空、中距離狙撃、弾幕と、様々な用途で使用できる非常に便利な火器。 尚、典雅の製品として販売される予定。 【ビビアニト=178式センサーイヤー】 デルタ、セタに装備される音響索敵装置。 デルタシステム用のオプションが追加されているが、基本的にセタのものと同一性能。 性能、外見は変わらないが、こちらの方は試作機である為、配線が整理されておらず少々整備に手間がかかるらしい。 典雅の製品として販売されるやいな、大型の策敵装置としては空前の売れ行きを見せ、同社の看板商品となる。 マヤア 【アーテリー】(artery) マヤアの標準装備。 何の変哲も無いツガルタイプの武装一式。 変形時のタイムラグを縮める為に幾つか手を加えられているが、その他はほぼ無改造。 しかしながら、機動性を中心にマヤアの強さを支える一要素であることは疑いようが無く、 ツガルの開発元である『Studio Roots』の技術力の高さを証明する好例。 ただし、ツガル本体と合わせ扱いこなすのが難しい事でも知られ、ポテンシャルを引き出せなければその性能は平均値にも及ばない。 そこそこ頑強なアーマーを各所に配し、その中にバーニアを仕込むという装備構成が防御+回避を高いレベルで実現しており、 遠、中、近と取り揃えられた武装が、高い機動性と相まって相手の不得意距離での戦闘を実現している。 更に変形し、ビークルモードになるなど、後々の神姫の多くが取り入れる事になる変形合体システムの走りとしての側面もある。 鋼の心 ~Eisen Herz~へ戻る -
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2682.html
キズナのキセキ ACT1-25「聖女の正体」 ◆ 「本当によろしいのですか、奥様」 おもむろにそう話しかけてきた自らの神姫・三冬に、久住頼子は落ち着いた様子で湯飲みを手に取る。 「なんのこと?」 「菜々子様のバトル、気にならないのですか? 見に行けばよろしかったのでは」 「いいのよ」 煎れたばかりのお茶を一口飲み、壁の時計を見た。 「……もう始まっている頃ね。一時間もしないで、結果がわかるでしょう」 「ですが……」 今から行ったところで、バトルには間に合わない。 そもそも、頼子は最初から、当日のバトルを観戦する気は全くないようだった。 大事な孫娘の、今後の人生を左右しかねない、戦い。 それなのに、悠々と構えている自分のマスターを、三冬は少し歯がゆく思う。 菜々子やミスティと一緒に暮らしてきたのは三冬も同じだ。口には出さずとも、あの二人を大切に思っている。 頼子は、ちゃぶ台の上に静かに湯飲みを置く。 「この戦いは菜々子の戦いよ。わたしたちができることは何もない……できるのは、ただ、待つことだけよ」 「……」 「あの子が帰ってくるのを出迎えてあげる……たとえどんな結果になったとしても」 頼子とて、バトルの行く末が気にならないわけではない。 だが、菜々子が一人の神姫マスターとして挑む試練ならば、頼子もまた神姫マスターとして、黙って見送るべきだと思っている。それが頼子の矜持であった。 そして、バトルがどんな結果になったとしても……菜々子がどんな風になったとしても、暖かく迎える。それが頼子の、祖母としての矜持である。 特訓が始まった頃から、決戦の日はそうして過ごすと決めていた。 昨日まで、特訓のために多くの若者がやってきて賑やかだった久住邸の居間は、頼子と三冬だけがいて、ひどく殺風景に感じられる。 こんなに広い家だっただろうか。 頼子はそっと視線を移す。 部屋の隅に置かれたそれは、遠野貴樹に託されたもの。 特訓で彼が使っていた、時代遅れのタワー型デスクトップPCだった。 □ 「そんな……あれが……あんなのが神姫だなんて……」 呆然と言うのは安藤。 俺が少し後ろを向くと、江崎さんは口を押さえて気分が悪そうだ。 無理もない。 本来の神姫は人型だ。なのに異形の物を神姫だと言われて受け入れられる方がおかしい。 冷静でいる俺の方がどうかしているのだろう。 「なんなんだよいったい……あんなのが神姫とか、ヘッドセットが神姫とか……なんなんだよ、マグダレーナって奴は……わけわかんねぇ!!」 大城が我慢できなくなったように声を上げる。 ここにいるチームの仲間たちは誰しも同じ思いだろう。 俺は少しだけ頭の中を整理し、言った。 「大城、悪かったな。何も言わないまま手伝わせてきたが……やっと説明できる」 「……ああ?」 「……あの、マグダレーナの装備こそ、マグダラ・システムの本質だ」 「マグダラ・システム……!? あれか、エルゴで店長と話してたときの……」 「そうだ。マグダラ・システムは一つの装備やスキルを指す言葉じゃない。マグダレーナの独特の戦闘方法を構成するシステムの総称だ」 俺は視線をはずさない。その先にいるのは漆黒の神姫……マグダレーナ。 奴も俺をじっと見ている。表情を驚愕に彩りながらも、視線は徐々に苛烈になっている。 俺は続ける。みんなに聞こえる声で、今こそ語る。 「そのマグダラ・システムの本質は、単純に言えば『複数の神姫を同時に操ること』だ。 だからこそ、サポートメカは神姫でなくてはならない。 神姫であれば、犬猫型のマスィーンズや、カブト・クワガタ型の合体装備ヘラクレスよりも、より柔軟かつ繊細な戦闘行動が出来る。本来は、武装神姫のチームで使う能力なんだろうけどな」 「複数の神姫を操るって……それじゃまるで……デュアルオーダー……」 園田さんがかすれた声で呟いた。俺はまた一つ頷く。 「そうだ。マグダレーナの場合、二体以上の神姫を操れる。五体同時に操っているのを見たからな。『マルチオーダー』とでも言うべきか」 「五体って……そんなに!?」 「C港でのリアルバトルの時に、サポートメカ二体、ヘッドセットが二個、そして……菜々子さんのストラーフbisの、合わせて五体を操っていたからな」 視線を交わすマグダレーナの表情はどんどんと厳しくなっていく。それが俺の推理の正しさを無言のうちに物語る。 ふと気づいたように、八重樫さんが疑問を口にした。 「……待ってください。マグダレーナの能力が『マルチオーダー』だったとして、ヘッドセットにCSCを仕込んで、いったい、なに、を……」 賢い八重樫さんのことだ、話している途中で答えに行き着いたのだろう。疑問は途中でかすれて消えた。かわりに、両肘を抱えて細かく震えている。 ここで答え合わせをするには彼女には酷かも知れない。 だが、俺は皆に語らなければならない。 それが、すべてを秘密にしたまま、みんなをここまで連れてきた俺の責任だ。 「ヘッドセットを通して操るのさ……人間をな」 背後で息を飲む気配。俺は振り向くことが出来ない。マグダレーナに注意を払い続けなくてはならない。奴は何をしてくるか分からないからだ。 俺はマグダレーナを見つめながら、話を続ける。 「マグダレーナは操っていたんだよ、自らのマスターである桐島あおいと、おかしくなったときの菜々子さんを」 ルミナスを失った後の桐島あおいと、C港での菜々子さん。二人の共通点は、事件の直後に態度が豹変したことだ。 そして、C港でのバトルの時、俺が菜々子さんのヘッドセットをはずすと、彼女は正気を取り戻した。 ヘッドセットを媒介に、菜々子さんが何者かに操られていると、俺はその時に確信した。そして、『マルチオーダー』の概念を思いついたと同時に、ヘッドセットが神姫である可能性に思い至った。 だからこそ、ヘッドセットをホビーショップ・エルゴに持ち込み、日暮店長に中身の確認を依頼したのだ。ヘッドセットが神姫であることを、店長は請け負った。 大城は声を震わせながら、俺に問う。 「……神姫が人を操るって……どうやって!?」 「催眠術さ」 「……さいみんじゅつぅ?」 「強い暗示、と言ってもいいかも知れない。 催眠術と言うと胡散臭い感じだが、効果は科学的にも証明されている。催眠術をかけられた人は、術者の言うことを現実だと思いこむようになる。 あのヘッドセットからは、そうした暗示をかける音声が流れ続けている。ヘッドセットを通してマグダレーナが指示を出し、あたかもマスターが神姫に指示を出して戦っているように見せかけていたんだ。 菜々子さんの時には、のっぺらぼうのストラーフを新しい自分の神姫だと思い込ませていた」 大城はごくりとのどを鳴らし、さらに言う。 「で、でも、なんだってそんなことをする必要が……」 「今の世界で、神姫だけで生きていくことは出来ない。どうしても人間の手で世話したり保護したりすることが必要だ。バトルにだって、神姫単独では出られないしな」 「それじゃあ……桐島はマグダレーナの世話を強制的にやらされてた、っていうのか?」 「……わからん」 俺はゆっくりと頭を振る。 それはわからない。自らすすんでマグダレーナの僕となったのか、それとも無理矢理なのか。知っているのは桐島あおい本人だけだ。 正気を取り戻したら、ぜひ彼女に聞いてみたいところだ。 そこで、低くしわがれた声が聞こえてきた。 「よくも……よくもそこまで……突き止めたものだな……」 その声は地の底から響いているかのように、低く、暗く、重い。 そして、同時に俺に向けられている視線は、憎悪。 俺は視線を逸らさない。マグダレーナの視線を受け止め、小さな神姫を見つめ続ける。 「我が能力、どこで見破った……?」 「C港での戦いの時に気付いた……だが、ゲームセンターでのバトルの話を聞いていたからこそ、ひらめいた」 「……なに?」 「お前は、サポートメカを、ゲームセンターでは使わなかった。 自らの要求を通すのに、敗北は許されない。マグダラ・システムの他の能力を使っても相当に有利だろうが、万が一の負けも許されないのに、手持ち武器だけで戦った。 先にあったミスティとのリアルバトルでは、フル装備だったのにも関わらず、だ。 なぜか? お前は使いたくても使えなかった。 なぜなら、サイドボードに神姫を二体も入れたら、レギュレーションチェックに引っかかるからだ」 基本的に装備はフリーのゲームセンターでの対戦といえども、最低限のレギュレーションはある。 サイドボードに入るだけの装備しか使えないし、サイドボードに神姫は入れられない。 マグダレーナの装備は物量的にはサイドボードに入れられるが、サポートメカにはCSCが搭載されているから、神姫として判定されて、レギュレーション違反になってしまう。 だから、『ポーラスター』や『ノーザンクロス』では軽装備で戦ったのだ。ミスティと虎実が、奴の装備について意見をぶつけ合ったことがあったが、二人の主張が違う理由はここにあった。 そう言えば……思い出した。 「そう言えば、ひらめきの原点はもっとずっと前……大城と『デュアルオーダー』の話をしたことだ。C港で大城の声が聞こえたときに、ひらめいた」 背後がちょっとどよめく。今の言葉とともに感謝の気持ちが大城に届いていればいいのだが。 俺の背後の雰囲気とは裏腹に、いつも余裕の表情を崩さなかったマグダレーナが、ここまで歯ぎしりの音が聞こえてきそうなほどに、歯を食いしばって俺を睨みつけている。 俺に向けた視線には憎悪さえ込められているように思える。 「……奢るなよ。『スターゲイザー』を破壊した程度で、このわたしに勝てると思うな」 「分かっているさ、マグダレーナ。「観測機」を破壊したくらいで油断する気はない」 その時のマグダレーナの表情は見物だった。 あれほどの憤怒の表情が、まるで豆鉄砲に撃たれた鳩のような、驚きと呆然に取って代わったからだ。 俺の何気ない言葉は、奴にとっては急所への一撃に等しかっただろう。 そうだ、マグダレーナ。この戦いの主導権はこっちが取り続ける。今までずっと後手に回っていた分をすべて取り戻させてもらう。 しかし、俺とマグダレーナの話に、その場にいる他の誰もついて来れずにいる。 それは当事者である菜々子さんとミスティも同様だった。俺が秘密主義に徹した弊害がこんなところに現れる。 ミスティは、残骸と化したランプ型のサブマシンの外装を持ち上げながら、俺を見た。 「観測機って……」 「文字通りの意味だ。ミスティ、今お前が倒したそれは、戦闘用のサポートメカだが、それで役割の半分だ。もう一つ役割は、『スターゲイザー』……マグダレーナの強さの根幹になっている、『行動予測』スキルのための観測だ」 「……『スターゲイザー』って、サポートメカの名前じゃないの!?」 「それも含めて、スキル名『スターゲイザー』だ。だっておかしいだろ? ただの戦闘用サブマシンに、どうして『すべてを見通す者』なんて名前を付ける? すべてを見通す者はマグダレーナ本人で、サポートメカは相手の戦闘行動の観測と、時間稼ぎが役割だ」 「時間稼ぎ?」 「検索する時間だよ」 その言葉は二発目の銃弾。 見事命中した証拠に、マグダレーナはショックを越えて、うろたえる表情さえ見せている。 「……貴様……どこまで知っている!?」 必死の表情のマグダレーナに、俺は無言で応じた。 まだまだこれからだ、マグダレーナ。おまえを追いつめるのは、な。 この時点で、後ろの連中はろくに言葉を発しなくなっていた。みんなきっと、ちんぷんかんぷんといった表情をしていることだろう。 ただ一人、八重樫さんだけは、俺の話に必死に食らいついてきているようだ。 「ということは……その『検索』も、マグダレーナの特別なスキル……なんですか?」 「そうだ。『アカシック・レコード』なんてご大層な名前が付いている」 「『アカシック・レコード』……この世のすべてを記録した図書館……? まさか、マグダレーナは、あらゆる神姫のデータを持っているとか?」 「それは現実的じゃないな。むしろデータベースは外部に任せて、端末側は検索能力を上げた方が有効だろう」 「そ、それじゃあ……『アカシック・レコード』は、検索エンジンのことですか!?」 「それと、検索したデータを分析、統合するプログラムだ。そのデータを元に、『スターゲイザー』の行動予測を行っている」 『アカシック・レコード』はおそらく、武装神姫のデータ検索に特化した検索エンジンだ。そして、強力なハッキング能力も備えているはずだった。 そのスキルを利用して、裏バトル場やゲームセンターのサーバーに集積されているバトルログから対戦相手のデータを収集、分析していたのだ。 そして、そのデータだけでは予測が不十分なら、二体のサポートメカを戦わせて、データを現場で収集する。 今のミスティは、マグダレーナには情報不足だ。だから、サポートメカを出して情報収集を行おうとする。 それが分かっているから、俺は虎実にサポートメカの狙撃をさせたのだ。 公園の中は静まりかえっている。 俺がマグダレーナの正体を明かす間、動くものとてない。当のミスティとマグダレーナも一時休戦だ。 ただ、桐島あおいだけが大きく息をつきながら、頭を押さえてうずくまっている。側には、心配そうに介抱する菜々子さんが見える。 ティアもまた、ヘッドセットを抱えたまま、呆然と立ちすくんでいた。 不意に、背後から声がした。大きく遠回りして、大城の元に戻ってきた虎実だ。 「……けどよ、トオノはどうしてわかったんだ? アイツのスキルが検索だなんてことがさ」 「ヒントはあった。C港でのバトルの時、三冬が「ファーストリーグ四十七位」と言った後、ちょっとして『街頭覇王』か、と奴が答えたんだ。 リーグのランキングだけ聞いて、すぐに二つ名が分かるものか? しかも、上位ならともかく、入れ替わるランキングで四十七位の神姫を覚えていられるものじゃない。 奴は神姫だから、データを持っていたとも考えられるが、裏バトルをメインに戦っている神姫が、公式リーグの神姫のデータを細かく持っているとは考えにくい。むしろネットにつないで調べた方が早い」 「け、けどよ、それならネットにつないで検索しただけじゃねーのか。んなこと、クレイドルがあればアタシにだって出来るぜ」 「それにまだある。奴は初見で『ライトニング・アクセル』を破ってみせた。自分で言うのもなんだが、あれは見たこともないのに破れる技じゃない。しかも、技の構造を完全に理解した方法で、だ。 あの日の俺たちとの対戦は、イレギュラーなものだった。対戦予定のないティアのデータを持っていたとは考えにくい。 そもそも、三冬のデータも持っていなかったはずだ。頼子さんの乱入は、俺さえ予期してなかった。その証拠に、サポートメカ二体を繰り出して、三冬の足止めと観測をしていたくらいだからな。 桐島あおいはノートPCすら持っていないから、二人が特別なデータベースを持っていたわけでもない。 なら、ティアのデータはどこから持ってきた? そう、ネット上からさ。『ライトニング・アクセル』のデータを検索し、収集し、分析し、迎え撃った」 検索する時間はいくらでもあったはずだ。 俺が彼らの前に現れた瞬間から、バトルの最中まで。それだけの時間があれば、ティアがアクセルを放つまでに、ティアのすべての行動を予測できるようになっていただろう。 そして俺は、奴の検索能力とネットワークの能力を確認するために、ある方法を試した。 それが、奴を呼び出すときに使った「狂乱の聖女に告ぐ」の書き込みだ。 知りうる限りの武装神姫関連のネット掲示板に書き込んだが、翌朝にはすべてきれいに消されていた。 これはマグダレーナの仕業だ。そうでなければ、一晩ですべて消されることは考えにくい。なにしろ、管理が行き届いていないようなマイナーな掲示板にも書き込んだりしたのだ。 奴はネット上の書き込みを、日常的に消して回っている。そうしなければならない理由が奴にはある。 俺はマグダレーナを見据える。 どんなに苛烈な視線で俺を見たところで、俺の心は揺らがない。 俺はあの夜、誓ったのだ。号泣する菜々子さんの手を握りながら誓った。 この人の笑顔を奪った、俺たちの真の敵を、必ず後悔させてやる、と。 真の敵……それはお前だ、マグダレーナ!! 「……敵のデータを膨大なデータベースから検索・収集・分析する『アカシック・レコード』。 敵の行動を正確に予測し、戦闘できる『スターゲイザー』。 複数の神姫と有機的な連携行動を可能にする『マルチオーダー』。 ……この三つを統合したシステムこそ、『マグダラ・システム』の正体だ。 『マグダラ・システム』を必要とするのは、どんなシチュエーションだと思う?」 その場にいるすべての者への問い。 背後で戸惑う気配。 戸惑いながらも冷静に答えを導き出したのは、八重樫さんだった。 「た、たとえば……少人数の特殊部隊……とか?」 あまりにも突飛な答えに、 「はあ?」 と口を揃えた声が聞こえる。 後ろにいたチームメイトたちは、誰もがその答えを信じられないらしい。 だが、俺が肯定する。 「そう、八重樫さんの言うとおり。おそらく奴は、軍事利用目的の実験機だ。対テロ戦争用の市街戦部隊の隊長機と言ったところだろう」 今世紀の初頭、戦争の形は大きく変わった。 大国同士の抑止力戦争から、テロと戦う市街地のゲリラ戦へ。 求められるのは、小規模な部隊による緊密かつ有機的な連携だ。 軍の膨大なデータベースから、敵を知り、地理・地形を把握し、敵の動きを予測して作戦を立てる。個々人の能力をいかんなく発揮しながら、部隊を意志のある生き物のごとく連携させ、作戦を的確に遂行する。 マグダラ・システムがあれば、それは現実のものとなる。 マグダラ・システムがMMSではなく、戦争用の戦闘機械に搭載されたのだとしたら……空恐ろしい話だ。 考えてみれば、催眠術も軍事利用目的の技術かも知れない。暗示をかけ、兵士たちの恐怖や戦場のストレスを薄められるのだとすれば、有効な手段になるのではないか。想像にすぎないが。 「……で、でも……マグダレーナが軍用実験機なんて、何で言い切れるんです?」 意外にも、蓼科さんが発言した。彼女なりにしっかりと考えているらしく、好ましい。 俺はその質問にも答えを用意する。 「マグダレーナはある企業に追われてる。おそらくそこから逃げ出したんだろう」 「ある企業って……」 「亀丸重工だ」 そこで、大城が泡食ったような口調で割り込んできた。 「待て待て! そんな超大手企業が軍事用神姫の実験なんかしてるってのか!?」 「そうだとも。知らないのか? 自衛隊に配備されてる戦車や戦闘機は、日本の大手企業の手で生産されている。軍用装備の開発は、あまり一般人に馴染みはないが、企業が研究開発していることに何も不思議はない」 「け、けどよ、MMSの軍事利用は、世界的に禁止されてるはずじゃ……」 「よく知ってるな、大城。MMS国際憲章で、MMSの軍事利用は禁止されている。日本有数の大企業たる亀丸重工が、MMSを使って軍事利用の実験を行ってたなんてことが知れたら国際問題だ」 「国際問題って、お前よ……」 「だから、亀丸重工はマグダレーナを追っているのさ。いわばマグダレーナは国際憲章違反の生きている証拠だ。逃亡から二年以上経っても、捕まえるか破壊するかしなければ、会社の首を絞めかねない。 だが、軍用実験機が、まさかシスター型の格好して裏バトルに出てるなんて夢にも思わないだろう。 それだけじゃない。『アカシック・レコード』の検索能力とハッキング能力で、ネット上の自分の記述を消して回っている。マグダレーナをどんなに調べても、ネット上にろくな情報が出てこないのはそのためだ。だからなかなかしっぽが掴めなかった」 だが、亀丸側もバカじゃない。 最近になって、裏バトルで活躍する『狂乱の聖女』が逃げ出した神姫であることに気づき始めていたのだろう。 だからこそ、派手な真似をして警察沙汰にするわけには行かなかったのだ。警察に捕まれば、自分の目的を果たせなくなってしまう。警察から逃げ切れても、亀丸重工のマークは厳しくなるだろう。逃亡中の身の上としては、目立つ真似は避け続けなくてはならなかったはずだ。 俺は改めて、黒い神姫を見据える。 マグダレーナはうつむいたまま立ち尽くしている。 「どうだ、マグダレーナ。当たらずといえども遠からず、ってところだろう?」 ◆ 立ち尽くすマグダレーナの手は、堅く堅く握られていた。神姫の細い指が折れてしまうのではないかと思うほどに。 当たらずとも遠からず、どころではない。 遠野貴樹の語ったことは、ほとんど図星だった。 あれほどに隠し続けてきた自分の秘密を、ここまで見事に暴露されるとは思ってもみなかった。 今までにマグダレーナの秘密に迫ろうとした神姫マスターは多くいたが、秘密の一つでも明らかにした者はいない。 だが、この男は何だ。 どうしてマグダラ・システムのすべてを理解している? 理由は問題ではない。 問題は、この男が、自分が隠し続けてきた秘密のすべてを知り、マグダレーナの存在を危うくしているということだ。 「……とおの、たかき…………貴様は……貴様はやはり、あの時に殺しておくべきだった!!」 ■ 突然のマグダレーナの叫び。 すると突然。 「わっ!?」 ミスティが押し倒していたランプ型のサポートメカから飛び離れる。 不意に動き出したサポートメカの頭頂にあるミサイルが動き、いきなり発射された。 でも、発射された方向はミスティがいる場所とは全然違う方向。 ミサイルの向かう先を見て、わたしは愕然とする。 ミサイルの目標は……誰あろう、わたしのマスター! わたしは一瞬で理解する。サポートメカの動きは止められても、マグダレーナからのコントロールは失われていなかった。だから、ミサイルを発射できたのだと。 でも、理解しても何の役にも立たない。 また、間に合わない。今動いても止められない。 「マスター! よけてーーーーーーーーっ!!」 叫びよ、ミサイルを追い越して、マスターに届いて! わたしの視線の先で、チームのみんなが驚いて、頭を抱えうずくまる。 二本のミサイルが迫る。 それでも。 マスターはいつものように感情を表さない表情のまま、そこに立っていた。 どうして!? ミサイルはもうマスターの目の前。 よけられない! そして、わたしは、その瞬間を、見た。 次へ> Topに戻る>
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1361.html
雨が降り注ぐ近代都市を、重武装の神姫が滑るように移動していた。 その神姫は背中のブースターを全開にし、その巨躯からは想像もつかないほどの速度でビルの谷間を翔ける。 その姿は・・・神姫と言うよりは・・・・一体の機動兵器の様だった。 「・・・・・・・・目標確認、破壊、する」 機動兵器の彼女は小声でそう呟く。元々声の大きい方ではないからだ。 『うん。なかなか調子がいいじゃないか。ブレードよりもこう言う兵器系に向いてしまったのはなんとも皮肉なもんだが・・・・まぁいいか。それよりもノワール』 「なに」 『今日一日の感想はどうだい?』 「・・・・・それを・・・どうして・・・・聞くの?」 ノワールはそういいながらビルの陰から現れたターゲットを破壊する。 右手のライフルの残弾は・・・・残り僅か。 『どうしても何も、ハウはもう寝てるしサラに聞くわけにもいくまい。私達が見たのは暗闇で何か話していた二人だけだ』 「・・・・・・・・・・・」 彼女の主の言葉を無視しマグチェンジ。 その間も左手に装備したライフルは火を吹き続けている。 『おぉっと。わからないという返答はなしだよ? 具体的な意見を聞くまでは、このトライアルは終わらないし終わってもその武装は使わせてあげませんからね?』 多分、クレイドルで寝ている自分の傍にはニヤニヤ笑った主がいるのだろう。ノワールはそう思った。 意地が悪い。 「・・・・多分・・・二人・・・好き合った・・・・でも・・・・」 ・・・・でも、なんだろう? 何か違うような、そうでないような。そんな感じがする。 『・・・・ふむ。つまり微妙な状態なわけだな』 とうとう右手のライフルの残弾がなくなった。 ノワールはライフルを捨てると、左手のライフルを右手に持ち返る。 そのまま空いた左腕で、近くまで来ていたターゲットを殴った。ターゲットはよろめき、その隙にライフルで止めを刺す。 それと同時にアラームが鳴り響き、ノルマをクリアした事を知らせた。 『ん? 随分と早いな。もう二百体倒したのか。・・・・・AC武装は物凄い相性がいいな。メインこれで行こうか』 「ヤー、マイスター」 * クラブハンド・フォートブラッグ * 第十九話 『出現、白衣のお姉さま』 「ちょっと! 何で起こしてくれなかったのよ!! 遅刻確定じゃない!!」 「そうは言われましても。何度も起こしたのですが・・・・まさかハバネロが効かないくらいに眠りが深いとは」 「どおりで口の中がひりひりするわけね! 毎度の事ながらあんたには手加減って言葉が無いの!?」 「――――――わたしは相手に対し手加減はしない。それが相手に対する礼儀と言うものなのです」 「無駄に格好いい!? あんたいつからそんなハードボイルドになったの!?」 「時の流れは速い・・・というわけでハルナ。わたしと話すより急いだ方がいいのでは?」 「あんたに正論言われるとムカつくのはなぜかしらね・・・・?」 朝、目が覚めたときにはもう八時を過ぎていた。 普段私を起こすのはサラの役目だけどさ。流石にこういうときは起こしに来てよお母さん・・・・・・。 大急ぎで制服に袖を通し、スカートのファスナーを上げる。 筆箱は・・・あぁもう!! 「何か学校行くのがだるくなってきた・・・・休もうかしら」 私がそういうと、サラが驚いた顔で見つめてきた。 え、なに? 「・・・・珍しいですね。普段なら遅刻してでも行ってたのに。と言うか無遅刻無欠席じゃないですか。行ったほうがいいのでは?」 「ん・・・でも何か面倒になっちゃってね。・・・別にいいじゃない。たまには無断欠席も。それに・・・・・」 学校には、八谷がいる。 昨日の今日でどんな顔をしたらいいのか判らない。 お互いにはっきり言葉にしなかったとはいえ・・・・OKしちゃったわけだし。 「うん、決めた。今日はサボる。サボって神姫センター行って遊びましょう!」 「・・・・・まぁ、別にいいですけれども」 そうして辿り着いた神姫センターには、当たり前と言うかなんと言うかあんまり人がいなかった。 まぁ月曜日だし午前中だし。来ているのは自営業さんか私みたいなサボり位だろうけど。 それでも高校生と思しき集団がバトルしてたのは驚いた。まぁ多分同類だと思うけど。 ・・・・でも強いな。あのアイゼンとか言うストラーフ。 砂漠なら・・・勝てる、かも? 「それにしてもなんだか新鮮ですね。人が少ない神姫センターというのも」 「平日はこんなものじゃない? 仕事や学校あるし。・・・・あぁでも最近は神姫預かる仕事も出来たんだっけ」 「そんな職業があるのですか。なんと言うか、実にスキマ産業的な・・・・所でハルナ、わたしは武装コーナーを見たいです」 私はサラの言葉に苦笑しながらも、センターに設けられた一角に向かって歩き出す。 このセンターは武装やら神姫本体やら色々揃ってたりするので結構お気に入りだ。筐体もリアルバトル用とVRバトル用の二種類を完備してるし。 とりあえず売り場についた私はサラを机に乗せ、商品を自由に見せて回る。・・・・買うつもりは無いのよ。 そうこうしているとサラが一挺の拳銃のカタログを持ってきた。 「ハルナ、このハンドガンなんてどうでしょうか」 「・・・いや、そういうの良く判らないんだけど」 「なんと!! ハルナはこの芸術品を知らないと!? このマウザーは世界初にして世界最古のオートマティックハンドガンなのです。マガジンをグリップ内部ではなく機関部の前方に配置しているのが特徴でグリップはその特徴的な形から『箒の柄』の異名で呼ばれています。かつては禿鷹と呼ばれた賞金稼ぎ、リリィ・サルバターナや白い天使と呼ばれたアンリが使用した銃として有名ですね。さらにこの銃、グリップパネル以外にネジを一本も使用しないというパズルのような計算しつくされた構造を持っておりこの無骨な中に存在するたおやかな美しさが今もマニアの心を魅了し続けて ―――――――――――」 「あ、この服可愛いー。でもレディアントはサラに合わないかな」 「ひ、人の話を聞いていないッ!? そして何故ハルナではなくこのわたしがこんなに悔しいのですかっ!?」 ふふん。ささやかな復讐なのよ。 「でもさ、だったらそんなへんてこな銃じゃなくてこっちの馬鹿でかい方が強いんじゃないの?」 「ぬ・・・わたしのツッコミを無視して話の流を戻すとは。いつの間にそんな高等技術を・・・・それはともかく、確かに威力が多きければ強いと言えなくもないですね。でもそのM500は対人・対神姫用としては明らかにオーバーパワーです。リボルバーですから装弾数も期待できませんし」 「ふぅん。数ばらまけないのはきついわね」 威力だけじゃ勝てないってことか。 サラのマニアックな説明はそもそも理解する気が無いけれど、戦闘に関してはさすが武装神姫。私よりも知識が多い。 ・・・うん、この後バトルでもしてみようかしら。 どうせ暇だし、作戦を立てたり実力を図る意味でもバトルはしたいし。 「ねぇサラ。この後さ ――――――」 「ん? こんなところで何をやってるんだお前」 と、サラに話しかけようとしたら逆に後ろから誰かに話かけられた。 振り向くと・・・・そこにはなぜか白衣を着たお姉ちゃんが立っていた。胸ポケットにはノワールちゃんだけが入っている。 「え、何で白衣?」 「第一声がそれかね。これはバイトの仕事着だよ。それよりもお前、何でこんなとこいるんだ? サボりか」 「え、えと・・・・それはですね・・・なんと言うか」 まずいことになった。 そういえばここら辺はお姉ちゃんのテリトリーだったっけ。 ここで見つかってお母さんに告げ口されたら・・・・! 「ん・・・あぁ別に怒ってるわけじゃないんだよ。サボりなら私もよくやったさ。仲のいい三人組で遊びまわったもんだ」 そういってお姉ちゃんは笑った。 よかった。告げ口されたらどうしようかと。 「そっか・・・・そういえばハウちゃんはどうしたの? ノワールちゃんだけだけど」 「アイツは定期健診。今神姫用医務室にいるよ。それよりも、暇だったら一戦やらないか? 今バイトの方も暇だしな」 お姉ちゃんはサラの方をチラリと見ながらそう言った。 サラがどうかしなのだろうか。 「うん、いいよ。それじゃ筐体の方へいこう。・・・サラ、おいで」 「承知です」 断る理由の無い私達はお姉ちゃんの誘いに乗った。 戻る進む
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/713.html
姉さまは強い 槙縞ランカーには、その神姫本来の属性を外れた武装を使う者が多いが、その中でも姉さまはある種格別だ 姉さまは強力な武器を使わない 本来ストラーフはパワードアームやパワードレッグを使った白兵戦が強力なタイプだろう・・・が、姉さまがそれらを使っているのを見た事は無い 武器セットや改造装備の中からでも、姉さまは拳銃やナイフ等、普通に手動で操作出来る簡単な武器しか、使っているのを私は見た事が無い 常に自分の価値観での格好良さを第一に武装をコーディネイトして出撃し、遊びながらでも必ず勝って帰ってくる 姉さまは私にとって、マスターである以外に憧憬の対象でもあった だから、使わない本当の理由を、考えた事は無かった 「使わない」のではなくて「使えない」のかも知れない等と、考えた事も無かった 第拾壱幕 「MAD SKY」 ばらばらと、私の周りに無数の武器が現れ、あるものは転がり、あるものは闘技場の床に突き刺さる マスターが戦闘に参加出来無い以上、サイドボードを利用するにはこういった形で、バトル開始時に一斉転送してもらうか、戦闘中に私がマスターに指示するしかない だが、この『G』相手に後者のやり方では間に合わないと判断した私は、サイドボードのありったけの火器を一斉転送してもらう事にした 相手に使用される危険性がある以上、普通なら誰もやらないだろうが・・・ 「・・・!!」 案の定、出現した武器には目もくれず一直線に此方に走って来る『G』 それだけ自分の闘法に自信があるのか、それとも ・・・・単に『使えない』のか・・・・ 兎に角、ジグザグに武器の丘を走り回りながら、手に付いた火器を打ち込む事にする こういう手合いには先手必勝・・・だ 『仁竜』の大刀を素手で粉砕した以上、白兵戦になったら多分勝ち目は無い ならば精度は落ちようとも、弾幕で削り殺す!! 唸る短機関銃、榴弾砲、ライフル、機関銃 半ば喰らいながらかわされる、爆風をかえって跳躍力に加算される、僅かに装備した装甲でいなされる、マント(私のと同じ防弾か!)で防がれる 無茶苦茶だ!動きは全く出鱈目だし、それ程速くも無いが、『G』は自身の身を削りながらも、私の全ての攻撃を回避している 否、違う 奴が回避してるんじゃない 私が怯えているからだ・・・心のどこかで、こんな攻撃で奴は死なないんじゃないかと思って怯えているからっっ・・・! 爆風を切り裂いて、殆ど満身創痍の姿に見える『G』が私の懐に入って来ている 「・・・あ」 「ひとつ」 鈍い音がした 「いやああああああぁぁぁぁぁぁぁ姉さま------------っ!!」 びっくりする程の声・・・絶望の片鱗を感じた時、人は叫ぶ 神姫は人の真似をする様に作られた だから彼女も叫んでいる その精巧な絶望を感じている心がプログラムされたものであろうとも プログラムされたものであろうとも「心」は「心」だ 席を立つ 「もう見ないのですか?マスター」 「あぁ、もうけりは付いただろう。この試合を見る為に僕は来たからね・・・別に残りたいなら君の意思を尊重するけど」 「ならばマスター、この闘いはまだ終わっていない。見届けるべきだ」 「!?」 勝敗のコールは確かに行われていない 何よりも、大きく吹き飛ばされた『ニビル』に向かって『G』は走り出している 「馬鹿な・・・どうやってあの攻撃をしのいだんだ?『G』の攻撃は甲冑も貫くのだろう?」 「マスター自身が言ったではないか・・・ニビルの、『Gアーム』だ」 意識はあった バーチャルスペースの方に、である どうやらデッドの判定は下されなかった様だ どうも私は闘技場の壁面に埋まっている状態らしい 体の状態は・・・ (片脚が・・・無い・・・!?) 恐ろしいパワーだ・・・武装神姫の細腕では装甲を付けていてももたないと踏んで、ヒットポイントをずらしてかつ脚で受けたのだが・・・ 太股の辺りに残骸を残しつつ、私の右脚は見事に砕け散っていた。ついでに横腹にも痛みがある・・・明らかに衝撃でボディスーツが引き千切れていた まだ動けるなら闘おうとも思っていたが、これでは死んでいないだけで、戦闘は不可能に近い 普通こういう状況になったらジャッジングマシンが私の敗北を宣言するのでは無いか・・・?と、思考は迫り来る破砕音で途切れた 「ふたつ」 粉砕される瓦礫と共に、再び大きく外に放り出される 床に叩き付けられ、呻く・・・だが今はその痛みについて考えている場合ではない (やっぱり・・・数えている?) なるべく攻撃の手を控えているのは、一撃必殺に誇りがあるからでは無いのではないか? あのパンチの速さと威力ならば、私の銃撃の幾つかは拳で迎撃出来た筈だ(余りにも想像したくない光景だが、多分可能だろう) だがそれをせず、危なっかしい方法で回避した (しかも数えている・・・という事は) 結論はひとつ、彼女の『Gアーム』は私のそれと同様に、使用回数制限があるのだ ならば、勝ち目はあるかもしれない ただ 問題となるのは その勝利を手に入れる為には恐らくもう私には たったひとつの手段しか残されていない事 この闘いは 多くの代償を支払ってまで 勝つ必要のある闘いだろうか? 『G』が迫る 私には・・・ 『そうよヌル。準決勝で会いましょ』 理由は、それで充分だった 「マスター!残りのサイドボードを一式、送って下さい!!」 いつもそれを、サイドボードに入れてはいた(ただ、そもそも私は、サイドボードを使って闘う事自体が初めてだったのだが) だがその装備を、私は封印していた 理由は簡単 その装備を使うと危険である事が、私のオーバーロード、「ゴールドアイ」の「代償」だからだ マスターは、知っている 私がこのオーバーロードを入手した時に、神姫体付けの拡張装備を使用すると、神経系が破損してゆく体になってしまった事を マスターは、知らない 残りのサイドボードとは即ち、“サバーカ”、“チーグル”、DTリアユニットplus + GA4アーム・・・まさにその体付けパーツである事を・・・! 電撃を受けたような衝撃が、私の体を貫いた 「結果、出ました」 「で、どうだった?」 暗い部屋でパソコンのモニタに向かっていた男が振り返る 逆光で、本当におぞましい怪物か何かに見えた 「実質上の未来予知が可能な『ゴールドアイ』の前には、いかな『ジェノサイドナックル』とて無意味です。『ニビル』の勝利に終わりました」 事務的な口調で応える・・・この男の前では彼女はいつもそうしていた 「ニビルは『ゴールドアイ』を使ったのだな?」 ねちこく、重ねて男は問うた。満足のいく応えに対し、数瞬自らの考えに沈み、すぐに口の端が吊り上る 「ククククク・・・ふはっはっはっは・・・・・・!ならば良い!これで少なくともあの筺体は、現状で望み得る最良の蟲毒壺としての状態になったわけだ!フハハハハハ!!」 「闘うがいい!木偶人形ども!俺の・・・俺の『G』の為に!!!」 高笑いと独り言を繰り返す男を見ながら、キャロラインは拳を硬く握り締めた 剣は紅い花の誇り 前へ 次へ